修士論文要旨

カトマンドゥ盆地における障害者をもつ人々の介護者に対するソーシャル・サポート
Social Support for Caregivers for People with Disablement in Kathmandu Valley, Nepal

86109 渡邊 雅行
Watanabe, Masayuki
指導教官:若井 晋 教授
国際保健学専攻 平成10(1998)年4月入学

緒 言
 1978年のアルマアタ宣言は、プライマリヘルスケア戦略の4大要素として、健康増進、疾病予防、疾病治療、リハビリテーションを挙げている。WHOは、「2000年までにすべての人々に健康を」を目標としてきたが、1983年の推計では、世界人口の7-10%が何らかの障害をもっており、障害をもつ人々すなわちPWD (People with Disablement)はおよそ5億人と推定されている。その中で、80%が開発途上国のリハビリテーションサービスが皆無である地方に住んでいるので、PWDのわずか2-3%しかサービスを受けられないと考えられている。PWDに対するリハビリテーションの目標を社会参加ととらえ、PWDとその家族の地域社会との関わり合いについて、ソーシャル・サポートを強化することには2つの意義があると考えられる。まず第一にPWDを受け入れる地域社会の態勢を評価できること、第二には地域社会がPWDのケア機能をもつかどうかを検証する方法を得ることである。
 本研究では、ネパールのカトマンドゥ盆地に暮らすPWDの主介護者のソーシャル・サポートに焦点をあて、1) PWDの主介護者に対するソーシャル・サポートを、PWDのいない家族を対照群として比較し、2) 村と都市においてどのように異なるか検討することを目的とした。

対象と方法
 調査期間は、予備テストの作成・実施を含め、1999年6月から8月までの3ヶ月間である。調査対象者は、1986年の登録開始時から1999年6月までのバクタプールCBRの登録名簿からバクタプール郡2市16村のPWDについて確率比例無作為抽出法を用い、PWDの主介護者を決定した。 また、主介護者の対照群は、地域と性別が同一で、できるだけ年齢層と経済状況の近い人を選択した。
 調査項目は、主介護者と対照群の属性(年齢・性別・職業・宗教・教育・居住地域・居住年数・家族の構成員数・家族形態)、障害の原因に対する認識、ソーシャル・サポート(ネットワークの量・接触の頻度・衝突頻度・ソーシャル・サポートの授受)などについて質問した。また、PWDの属性(年齢・性別・診断名・障害の種類)、日常生活動作能力、CBRサービスの種類と頻度についても調査した。面接調査法で、観察的横断研究を実施した。
 SPSS Base 9.0 を用い、PWDの主介護者105名、対照群105名のソーシャル・サポートおよび障害の原因に関する認識に差が認められるかどうか検討した。次に、村51名と都市54名の主介護者およびPWDにどのような違いがあるのかを検討した。統計学的検定には、χ2検定を用い、p=0.1 以下を有意とした。
結 果
手段的サポートを提供してくれる友人がいると回答した主介護者は51名(48.6%)で、対照群の64名(61.0%)より少なかった(p=0.07)。また、手段的サポートを提供してくれる親戚がいると回答した主介護者は60名(57.1%)で、対照群の74名(70.5%)より有意に少なかった(p=0.04)。
さらに、家族や近所との交流に関しても、主介護者の方が親の訪問回数が対照群より少なく(p=0.09)、近所の人の訪問回数も有意に少なかった(p=0.009)。兄弟姉妹を訪問したり、近所を訪問することも主介護者の方が有意に少なかった(p=0.026, p=0.027)。
 障害の原因に関する認識については、育児のケアが悪いからと回答した主介護者が19名(18.1%)で、対照群の36名(34.3%)より有意に少なかった(p=0.008)。また、病気が原因であると回答した主介護者は19名(18.1%)で、対照群の5名(4.8%)より有意に多かった (p=0.002)。
 村で訪問や招待などの交流があったのは、42名(82.4%)で、都市の52名(96.3%)よりも少なかった(p=0.020)。情緒的サポートについても、村が37名(72.5%)で、都市の52名(96.3%)よりも有意に少なかった(p=0.001)。
考 察
ネパールで一般人口を対象にソーシャル・サポートについて調査したという研究はまだなく、本研究がはじめてである。バクタプール郡におけるソーシャル・サポートが他と比べて多いかどうかは、今後の調査を待たなければならないが、今回の全調査対象者の約7割が農業に従事しており、約1割の職人であることから、共同作業を通したソーシャル・サポートが形成されている可能性がある。
 今回の調査では、主介護者が対照群より、手段的サポートやネットワークの頻度が少なかった。その理由としては、まず第一に、主介護者は家でPWDの介護をしなければならず行動の範囲と時間が限られてしまうこと。第二に、主介護者のソーシャル・サポートは受領という一方向性になりやすいことである。介護しなければならないという理由から、農作業その他の地域社会への手伝いに主介護者が参加することが困難である。相互性がない場合、関係が継続していかないと考えられる。
障害の原因に関する認識に、主介護者と対照群との間に差異がみられた。病気や発熱ではなく養育上の不適切が障害の原因であるとの回答が、対照群では三分の一を占めた。親の育て方に問題があると認識され、PWDのいる家族への偏見につながる可能性がある。
 村と都市における主介護者のソーシャル・サポートの差異について、困ったときに相談する数からみた親戚、いわゆるネットワークの規模は、村の方が大きい。これは農業を基盤とした共同体であることが原因と考えられる。ただ、配偶者間の衝突は村の方が多く、情緒サポートや家族や近隣との往来は、村の方が少なく。総合すると、村のPWDの主介護者へのソーシャル・サポートの方が低いという結果であった。
 したがって、インフォーマルなネットワークの構築が早急に求められるが、ソーシャル・サポートの相互性を考えた場合、提供と受領を行ないやすいPWDの家族を結びつけることが有効ではないかと考えられる。PWDの家族が抱える悩みなどの共有や、情報の交換などからはじめ、次第に活動を地域社会へ広げていくことが大切と思われる。



修士論文

カトマンドゥ盆地における障害をもつ人々の介護者に対するソーシャル・サポート
Social Support for Caregivers for People with Disablement in Kathmandu Valley, Nepal

渡邊 雅行 
Masayuki Watanabe
平成10(1998)年4月入学

指導教官: 若井 晋教授
Tutor: Professor Susumu Wakai

国際地域保健学教室
Department of International Community Health

東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻
Graduate School of International Health, Faculty of Medicine, The University of Tokyo

  目  次

氈@緒言                              1
 1.PWD (障害をもつ人々)に関する世界の趨勢           
 2.ネパールにおけるPWDの状況               
 3.介護者に対するソーシャル・サポート            
 対象と方法                            5
 1. 調査期間
 2. 対象地域と対象者
 3. 調査項目と調査方法
 4. 分析方法
。 結果                              8
 1. 主介護者および対照群の属性
 2. 主介護者および対照群に対するソーシャル・サポート
 3. 障害の原因に関する主介護者および対照群の認識
 4. 村および都市における主介護者の属性とソーシャル・サポート
 5. 村および都市におけるPWDの特性
 6. 村および都市における主介護者が抱える問題への認識
「 考察                             12
 1. バクタプール郡におけるソーシャル・サポート 
 2. 主介護者に対するソーシャル・サポート
 3. 村と都市における主介護者のソーシャル・サポートの差異
 4. ネパールの家族による介護について
 5. 本研究の限界
」 結論と提言                          16
謝辞
引用文献                             17
Table
Appendix


氈@緒言

1.PWD(障害をもつ人々)に関する世界の趨勢
 1978年のアルマアタ宣言は、プライマリヘルスケア戦略の4大要素として、健康増進、疾病予防、疾病治療、リハビリテーションを挙げている(WHO, 1978)。WHOは、「西暦2000年までにすべての人々に健康を」を目標としてきたが、1983年の推計では、世界人口の7-10%が何らかの障害をもっており、障害をもつ人々、すなわちPWD (People with Disablement)の数は、およそ5億人と推定されている。そのうち、80%が開発途上国のリハビリテーションサービスが皆無である地方に住んでいるため、わずか2-3%しかサービスを受けられないと考えられている (UN, 1983; Chermak, 1991)。
 PWDのためのさまざまなサービスが不足しているが、PWDの実態についてはわかっていなことも多々ある。その理由としては、国や文化によって障害の定義が異なることや、「障害者」は望ましくないものというスティグマのために社会から隔絶されていたり、個人のプライバシィの保護が考えられる (Helander, 1993; Katzenellenbogen,1995; 医療人類学研究会, 1992)。
たとえば、我が国では「障害者」は身体障害者福祉法(1949年)によると、疾病や外傷によって障害(機能障害および能力低下)が固定したという認定医の意見書をもとに、18歳以上で都道府県知事から、身体障害者手帳の交付を受けた者となっている。児童福祉法(1947年)の身体障害児や、介護保険法(2000年)の寝たきり、痴呆、虚弱など要介護高齢者も、「障害者」の範疇に含まれてもよいのかもしれない。
 世界規模で一般の人々が「障害者」に関心を寄せるようになったのは、1981年の国連障害者年とその翌年から始まった国連障害者の十年以降で、とりわけアジアでは、国連アジア太平洋障害者の十年の最中である (UN, 1983; ESCAP, 1996)。そのなかで「障害者」の機会均等と社会参加を促すために、1993年から2002年の各年毎に行動課題を設定し72の目標と78の勧告を掲げている。
 「障害者」の支援は、自立と社会参加が最終的な目標とされ、そのために本人を改善させることを当面の目標と従来はされてきた (佐藤, 1999)。そのために、訓練が強調され、社会参加にまで到達しきれなかったというきらいも否定できない。「障害者」本人を変えるのではなく、社会の方も変わる必要があるという考え方が生じた。それは、用語の変遷としても現れている。
 1990年代に国際機関などの文書は、disabled people から people with disability (PWD)の表記に変わっている (ILO, 1994)。これは「障害」の有無だけによって、その人が規定されるのではないとの考え方を基にしている。同様に日本語においても、「障害者」ではなく、「障害をもつ人」あるいは「障害のある人」という表現を散見するようになったが、まだ用語が定まっていないので、本稿ではPWDと表記する。さらに、現在WHOは「障害」の定義の再検討を行っている。従来の、機能障害 (impairment)、能力低下 (disability)、社会的不利 (handicap)という個人の負の要素が連想される用語から、心身機能・構造 (body function & structure)、活動 (activity)、参加 (participation)という中立的な用語を用い、「障害」についても、disablement という用語を新たに導入し、各国間で調整を行なっている (厚生省大臣官房統計情報部 1985; WHOホームページ)。
 PWDの社会参加を促すために、CBR (Community-based Rehabilitation)という地域住民を含む地域社会の資源を最大限に活用する戦略が、1980年代より導入された。
障害者の実態と同様に、その成果に関する研究はあまり報告されていない (Palombi, 1996; Finnstam,1988; Lagerkvist, 1992)。

2.ネパールにおけるPWDの状況
 ネパールは、中国のチベット自治区とインドの間に位置し、面積は北海道の約2倍に当たる147,181km2で多民族国家である(総務庁統計局, 1998)。ネパールの基礎統計資料を Appendix 1に示した。一人当たりのGNPが210米ドルであることが示すように、経済協力開発機構 (OECD)の後発開発途上国 (Least less developed countries)に分類される (UNPFA, 1999; ユニセフ, 1999; 坂元, 1996)。
 ネパールでは、現在までPWDの実数について正式な統計はとられていない。1981年の国際障害者年に実施された12村、45,348人を対象としたサンプル調査によると、全人口の約3%が何らかの障害をもつとされた (中西, 1996)。この調査では、視覚障害25.7%、聴覚障害33.4%、身体障害22.5%、精神障害6.5%であった。また、障害の発生原因をみると、先天性が28.9%であるのに対し、事故が17.6%、病気が53.5%を占めていた。国際協力事業団(JICA)の援助によりトリブハン大学病院が建設され、ネパール国内での医師養成が1983年にようやく開始されたことを考えると、当時は医療サービスの未整備や手遅れにより、四肢の変形や切断を余儀なくされた事例も少なくないと思われる。
 筆者は1986年から3年間、青年海外協力隊に作業療法士として参加し、ネパール障害者協会に配属されていた。その時に経験した範囲では、結核菌などによる髄膜炎は多かったが、一般的には中枢神経系の疾患は治療できず、脳性麻痺や脳血管障害などの重度障害者は極めて少なかった。1986年当時の筆者が配属されたカゲンドラ・ニューライフセンターのPWDの内訳を、Appendix 2に示した (渡邊, 1998)。カゲンドラ・ニューライフセンターは、当時84名が入所しており、ネパール最大のリハビリテーションセンターであった。待機者リストには200名を超える名前が連なる一方で、入所期間は6、7年に達し、年間の退所者はわずか1、2名程度で、国レベルのリハビリテーションセンターとしての機能は果たせなくなってしまっていた (渡邊, 1988)。
 このようにして施設でのリハビリテーションが行き詰まりはじめた1987年に、ネパールで最初の全国レベルのCBR研修会(National Workshop for the Development of Community-Based Disability Prevention and Rehabilitation programmes)が、1週間にわたって開催された。1997年の時点では、CBRプログラムを運営している団体は18ある。しかしながら、その多くは対象者の年齢を子どもに限ったり、あるいは視覚障害、知的障害など対象とする障害の種類に制約があったり、1年に1、2回のみの訪問サービスであったりとCBRの概念に一致しないといわれるプログラムである (Prajapati, 1999; 中西, 1997)。

3.介護者に対するソーシャル・サポート
 ソーシャル・サポートに関する研究は1980年代、欧米において数多く報告されている (Hupcey, 1998; Hutchison, 1999)。特に、精神保健分野や生命予後とソーシャル・サポートとの関連が研究され、その効果が実証されつつある (杉澤, 1994)。近年は、健康と安寧との関係において、ソーシャル・サポートは主効果 (main effect)、あるいはストレス緩衝効果(stress-bufferig effect)をもつのかどうかということが議論されている (Orford, 1997)。
 ひるがえって我が国のソーシャル・サポート研究は、産後の抑うつや基本健康診査との関わりを研究した報告もあるが、その多くは高齢者の健康状態や生活満足度に着目した研究である (武田, 1998; 岡村, 1999; 岸, 1994; 岸, 1996; 杉澤,1993; 金, 1999)。国内外を通して、PWDやその介護者に対する研究はわずかしか報告されていない (杉原, 1998)。
 また、定義に関しても一様でなく、研究者間でも混同がみられている 。たとえば、Birshは、ソーシャル・サポートを、情緒的サポート(emotional support) 、情報的サポート(information support) 、物質的サポート(material support)、肯定的サポート (appraisal support)の4つに分類しているが、それに対して、Walshは、物質的サポート(material support) 、情緒的サポート(emotional support)、手段的サポート (instrumental support)の3つの分類を用いている (Birsh , 1998; Walsh, 1996)。
 PWDのリハビリテーションの目標を社会参加ととらえ、PWDとその家族の地域社会との関わり合いについて、ソーシャル・サポートを強化することには2つの意義があると考えられる。まず第一に、PWDを受け入れる地域社会の態勢を評価できることと、第二には、地域社会がPWDのケア機能をもつかどうか検証する方法を得ることである。後者においては、我が国でも介護の社会化がいわれるようになり、まさに時宜に叶うといえる。
 本研究はネパール、カトマンドゥ盆地に暮らすPWDの主介護者のソーシャル・サポートに焦点をあて、以下の2つを目的として行なわれた。
1)PWDの主介護者に対するソーシャル・サポートを、PWDのいない家族を対照群として比較検討した。
2)PWDの主介護者に対するソーシャル・サポートが、村と都市においてどのように異なるか検討した。
 また、次の2点を作業仮説とした。
1)PWDの主介護者に対するソーシャル・サポートは、PWDのいない家族と比較して少ない。
2)村でのPWDの主介護者に対するソーシャル・サポートは、都市に比べると少ない。

 対象と方法

1.調査期間
1)現地での調査予備期間
 1999年6月6日より8月5日までの2ヵ月間、現地の研究者およびCBR関係者と調査方法などの打ち合わせをしながら、調査地の最終決定、予備テストの実施、質問表の改訂、調査対象者の抽出を行った。

2)本調査期間
 調査地域地域において、1999年8月6日より9月1日までの27日間、調査を実施した。

2.対象地域と対象者
 ネパールは行政上、14県、さらに75郡に区分されるが、本調査は、ネパールの中部地方バクマティ県(Bagmati zone)のバクタプール郡(Bhaktapur district)を調査対象地域とした。バクタプール郡は、Appendix 3の地図に示したように、首都カトマンドゥの東15kmに位置し、東西約30km、南北約25kmで、2市16村からなる。
 バクタプール市(Bhaktapur Municipality)とティミ市(Thimi Municipality)は、カトマンドゥ盆地内のほぼ平地、あるいは緩やかで低い丘の上に位置する。一方、16村のうちバルコット村 (Balkot VDC: village development committee)、カトゥンジェ村 (Katunje VDC)、ジャウケル村 (Jhaukhe VDC) は、ほぼ平地に位置するが、それ以外のドゥワコット村 (Duwakot VDC)、チャングウ村 (Changu VDC)、チャリン村 (Chhaling VDC)、ナガルコット村 (Nagarkot VDC)、バゲスウォリ村 (Bageswari VDC)、スーダル村 (Sudal VDC)、タタリ村 (Tathali VDC)、チッタポル村 (Chittapol VDC)、ナンケル村 (Nangkhel VDC)、シパドル村 (Sipadol VDC)、グンドゥ村 (Gundu VDC)、ダディコット村 (Dadhikot VDC)、シルタル村 (Sirtar VDC) は、なだらかな丘陵から低い山地に位置している。バクタプール市街からそれぞれの村の集落までは、オートバイおよび徒歩で、15分から3,4時間で到達できるところにある。
 バクタプール郡の面積は119km2、人口は172,952人である。郡内の医療施設は、病院が1ヵ所、ヘルスポストが9ヶ所存在する (Shrestha, 1996)。また、バクタプール市内に限れば、薬局が約15軒存在する。
 バクタプール郡を選択した理由は、ユニセフの支援を受けて、バクタプール市青年会議所会員が中心となり、1986年にCBRプログラム活動を開始し、10年以上の実績と名簿の管理がされているからである。ネパールでは、一般に公的病院でもカルテは病院ではなく患者が保管しているので、調査が容易でないことがある。
バクタプールCBRプログラムは、ノルウェーのレッドバーナ(Redd Barna)の資金援助を受けながら、現在ローカルボランティアによる家庭訪問だけでなく、予防接種、乳児健診、簡単な医薬提供、専門病院への照会などを行っている。また、バクタプール市のCBRプロジェクト事務所内では脳性麻痺児のためのデイケアを運営し、隣接する学校内では聴覚障害をもつ子どものための特殊学級を設置している。
 調査対象者は、バクタプールCBRが、1986年の開始時から1999年6月までにサービスを提供した登録者名簿を用いて、確率比例無作為抽出法 (proportionate random sampling)を用い決定した。名簿には、バクタプール市に543名、ティミ市に98名、そして16村には合計して319名のPWDの氏名が記載されていたので、2市からはそれぞれ10%、16村からは各村からその20%をまず無作為に抽出した。したがって、2市から64名、16村からは62名を抽出した。主介護者は、その家族内でPWDの日常生活活動の実際的な介助や声かけ、見守りを一番長時間している人とした。障害がごく軽度であったり、調査時には障害がない場合には、話し相手になるなど一番長く一緒に生活している人とした。
 また、主介護者の対照群は、地域(同じ番地内など徒歩1分以内、山地でも徒歩3分以内近所)と性別が同一で、できるだけ年齢層と経済状況の近い人を選択した。

3.調査項目と調査方法
 調査票は、デンマークの一般成人を対象としたソーシャル・サポートの研究とナイジェリアの精神病者を対象としたソーシャル・サポートの研究で用いられた質問に準拠して、ソーシャル・サポートに関する調査項目を作成した (Due, 1999; Ohaeri, 1998)。そして、バクタプール市にあるデイケアサービスに通う脳性麻痺児の主介護者9名に対し、予備テストを実施し、現地の研究者やスタッフと検討した後、最終的な調査票を英語版とネパール語版の2種類作成した。
 調査票は、Form-1、Form-2、Form-A、Form-(a)の4様式を作成した(Appendix-4)。Form-1は、調査対象を主介護者とし、Form-Aはその対照群に用いた。両者の相違は、Form-1で、PWDとの続柄、CBRプログラムへの満足度、PWDがいることで主介護者が抱える問題を尋ねていることの他は、同じ文言でその属性(年齢・性別・職業・宗教・教育・居住地域・居住年数・家族の構成員数・家族形態)とソーシャル・サポート(ネットワークの量・接触の頻度・衝突頻度・ソーシャル・サポートの授受)について質問した。本調査では、家族とは、同じ釜や鍋を用いて、同じ食事をとる人と定義した。Form-2の調査内容は、PWDの属性(年齢・性別・診断名・障害の種類)、日常生活動作能力、CBRサービスの種類と頻度である。日常生活動作能力は、必要な介助量との関連を検討するのに有効とされるBarthel indexを用いた (McDowell, 1996)。
 Form-(a)は、PWDの主介護者とその対照群に対し、経済状況を把握するため、家屋形態と電化製品等の所有物を調べた。これは、現地の研究者から、都市部といえども農業従事者が多く、定期的な現金収入がなかったり、あるいは対象者が答えられないことを想定して、今回はこの方法を採択した。
 面接調査法で、観察的横断研究を実施した。筆者と現地スタッフで、対象者を訪問し、不在の際には、再訪した。調査時の聴き取りは、村では筆者がネパール語を用い、都市部では、ネワール語、ネパール語間の通訳を現地スタッフに依頼し実施した。

4.分析方法
 PWDの名簿より16村から62名、2市からは64名を抽出したが、PWDの死亡や転居が16村で11名、2市で10名あったので、それ以外の村の51名と都市の54名のPWDの主介護者を分析対象とした。その結果、回収率は83.3%である。
 SPSS Base 9.0 を用い、PWDの主介護者105名、対照群105名のソーシャル・サポートおよび障害の原因に関する認識に差が認められるかどうか検討した。次に、村と都市において、CBRサービスを現在受けている、あるいは過去に受けたことのあるPWDとその主介護者にどのような違いがあるのかを検討した。統計学的検定の手法には、χ2検定を用い、p値が0.1以下を有意とした。

。 結果

1.主介護者および対照群の属性 (Table 1
 Table 1にPWDの主介護者と対照群の属性について示した。
主介護者と対照群の属性で有意差がみられたのは、職業の自営業で、主介護者が8名(7.6%)、対照群では17名(16.2%)で多かった(p=0.06)。
 他の属性、すなわち年齢、民族、宗教、教育、家族の構成員数、家族形態、経済状況では、主介護者と対照群に有意な差が認められなかった。
主介護者の性別は、女性が77名(73.3%)を占めた。年齢層は、主介護者で30歳台が最も多く39名(37.1%)で、順に40歳台の22名(21.0%)、29歳以下の17名(16.2%)となっている。対照群では、多い順に30歳台が34名(32.4%)、40歳台が20名(19.0%)、50歳台が19名(18.1%)となった。
 既婚者は、主介護者で93名(88.6%)、対照群で92名(87.6%)であった。教育レベルでは、非識字者が主介護者では63名(60.0%)、対照群では、61名(58.1%)であった。主介護者の職業は、多い順に、農業74名(70.5%)、家事39名(37.1%)、家畜飼育31名(29.5%)、職人12名(11.4%)と続き、対照群では、農業71名(67.6%)、家事35名(33.3%)、家畜飼育33名(31.4%)、自営業17名(16.2%)であった。
家族の構成員数は、両群ともに4人から6人が最も多く、主介護者で54名(51.4%)、対照群で59名(56.2%)だった。その一方、13人以上の大家族も主介護者で4名(3.8%)、対照群で10名(9.5%)いた。核家族は、主介護者で63名(60.0%)、対照群で55名(52.4%)だった。経済状況の指標として用いた電化製品の所有は、両群で有意差はみられなかったが、家にラジオがあるのは、主介護者で81名(77.1%)、対照群で83名(79.0%)、同様に、家にテレビがあるのは、主介護者で70名(66.7%)、対照群で77名(73.3%)であった。
 PWDと主介護者との続柄は、親が86名(81.9%)で最も多く、祖父母が8名(7.6%)、兄弟または姉妹が6名(5.7%)、その他5名(4.8%)であった。

2.主介護者および対照群に対するソーシャル・サポート(Table 2
 Table2にPWDの主介護者と対照群に対するソーシャル・サポートについて示した。       
 主介護者と対照群で有意差がみられたのは、以下の項目であった。実際的な援助(手段的サポート)を提供してくれる友人がいると回答した主介護者は51名(48.6%)で、対照群の64名(61.0%)より少なかった(p=0.07)。そして、実際的な援助(手段的サポート)を提供してくれる親戚がいると回答した主介護者は60名(57.1%)で、対照群の74名(70.5%)より有意に少なかった(p=0.04)(Table 2 の第4段目)。
 また家族や近所との交流に関しても (Table2 の最下段)、この3ヶ月間で月に1回以上別居している親が訪ねてきたと回答した主介護者は30名(50.8%)で、対照群の34名(66.7%)より少なかった(p=0.09)。同様にこの3ヶ月間で近所の人が月に1回以上訪ねてきたと回答した主介護者は94名(91.3%)で、対照群の104名(99.0%)より有意に少なかった(p=0.009)。さらに、この3ヶ月間で月に1回以上同居人でない兄弟姉妹を訪問したと回答した主介護者は62名 (66.7%) で、対照群の73名 (81.1%)より有意に少なかった(p=0.026)。同様にこの3ヶ月間で近所を月に1回以上は訪問したと回答した主介護者は94名(89.5%)で、対照群の102名(97.1%)より有意に少なかった(p=0.027)。

3.障害の原因に関する主介護者および対照群の認識(Table 3
 Table 3に障害の原因に関するPWDの主介護者および対照群の認識について示した。
 障害の原因に関する認識については、育児のケアが悪いからと回答した主介護者が19名(18.1%)で、対照群の36名(34.3%)より有意に少なかった(p=0.008)。また、病気が原因であると回答した主介護者は19名(18.1%)で、対照群の5名(4.8%)より有意に多かった (p=0.002)。同様に、発熱が障害の原因と回答した主介護者は12名(11.4%)であるのに対し、対照群では発熱と回答したもの者はいなかった。
 有意差は認められなかったが、障害の原因を神々またはカルマと回答した主介護者は2名(1.9%)で、対照群が6名(5.7%)だった。

4.村および都市における主介護者の属性とソーシャル・サポート (Table 4, 5)
 Table4に村および都市におけるPWDの主介護者の属性について示した。
 まず民族(カースト)構成に着目すると、都市の54名はすべてネワール民族であるのに対し、村ではチェトリが16名(31.4%)、バフンが14名(27.5%)、ネワールが12名(23.5%)の順となった。
 職業について、農業との回答が村で42名(82.4%)あり、都市の32名(59.3%)より有意に多かった(p=0.010)。また、家畜飼育についても村では30名(58.8%)がありと回答したのに対し、都市では1名(1.9%)で、村での方が有意に多かった (p=0.000)。また、公共施設へのaccessibilityに着目すると、村では最寄りの小学校まで徒歩で15分以内と回答したのが43名(84.3%)で、都市では54名すべてが15分以内と回答した。同様に最寄りの医療機関に関しても、村では15分以内が23名(45.1%)、31分から60分までが14名(27.5%)、16分から30分までが11名(21.6%)であったが、都市では54名すべてが15分以内と回答した。
 table5に村および都市におけるPWDの主介護者のソーシャル・サポートについて示した。
 困ったときに話す親戚はいるかとの問いに、村では1人もいないと回答したのが17名(33.3%)、1人と回答したのが4名(7.8%)、2人から4人と回答したのが24名(47.1%)、たくさんいると回答したのが6名(1.8%)であった。それに対し、都市では1人もいないと回答したのが14名(25.9%)、1人と回答したのが7名(13.0%)、2人から4人と回答したのが33名(61.1%)、たくさんいると回答したのが0名(0.0%)であり、両群に差がみられた(p=0.038)。
 また、配偶者との衝突は、村では2名 (4.4%)がしばしばと回答し、時々と回答したのが36名(80.0%)、ないとの回答が7名(15.6%)であった。それに対し、都市ではしばしばと回答したのが3名(6.3%)、時々と回答したのが27名(56.3%)、ないとの回答が18名 (37.5%)であり、村より有意に配偶者との衝突が少なかった(p=0.044)。
前年、訪問や招待などの交流(狭義のソーシャル・サポート)があったかどうかという質問に誰か1人以上とあったとの回答が村では42名 (82.4%)で、都市の52名(96.3%)よりも有意に少なかった (p=0.020)。同様に、情緒的サポートも昨年誰かから授受したとの回答が村で37名(72.5%)で、都市の52名(96.3%)よりも有意に少なかった (p=0.001)。
また家族や近所との交流に関しても、この3ヶ月間で月に1回以上別居している親を訪ねたとの回答が村で13名(48.1%)で、都市の29名(88.9%)より有意に少なかった (p=0.001)。同様に、この3ヶ月間で月に1回以上別居している親を訪ねたとの回答が村で22名(45.8%)で、都市の48名(88.9%)より有意にすくなかった(p=0.000)。

5.村および都市におけるPWDの特性 (Table 6)
 Table 6に村および都市におけるPWDの特性について示した。
 PWDの教育レベルは、村で非識字者が26名(51.0%)で、都市の18%(33.3%)より多かった(p=0.067)。
 Barthel indexで、日常生活活動の自立者は村で25名(49.0%)で、都市の38名(70.4%)より有意に少なかった(p=0.026)。
また、PWDの診断名について、村では多い順に、骨関節疾患が15名(29.4%)、脳性麻痺が9名(17.6%)、知的障害が5名(9.8%)、視覚障害が4名(7.8%)、聴覚障害とポリオが2名(3.9%)であった。一方、都市では、くる病が11名(20.4%)、聴覚障害が10名(18.5%)、骨関節疾患が8名(14.8%)、脳性麻痺が7名(13.0%)、ポリオが6名(11.1%)であった。

6.村および都市における主介護者が抱える問題への認識 (Table 7)
 Table 7に村および都市におけるPWDの主介護者が抱える問題への認識について示した。
 村では何らかの問題を抱えていると回答した主介護者が43名(84.3%)で、都市の38名(70.4%)より多かった(p=0.089)。村での問題は、多い順に、医療費等の高負担が15名(29.4%)、PWDの機能回復困難が13名(25.5%)、サービスの未整備が10名(19.6%)、PWDの就労が8名(15.7%)、介護負担が7名(13.7%)であった。一方、都市では、PWDの機能回復困難が10名(18.5%)、介護負担が7名(13.0%)であった。また、地域社会でPWDがからかわれたり、いじめられることが心配との回答が、村で3名 (5.9%) 、都市で3名(5.6%)あった。

「 考察

1.バクタプール郡におけるソーシャル・サポート
ネパールで一般人口を対象にソーシャル・サポートを測定したという研究はまだなく、本研究がはじめてである。
まず、バクタプール郡におけるソーシャル・サポートとの側面でみると、子守りや買物など実際的な援助(手段的サポート)を提供してくれる友人を、主介護者が半数弱、対照群が6割強もっていると回答し、そういった援助(手段的サポート)を提供する親戚にいたっては、主介護者では6割弱、対照群では7割強がいると回答している。デンマークの調査と比較すると、20歳台の男女で、8割強が手段的サポートを得ているが高齢になるほど減少し、70歳台では半数程度になっている (Due, 1999)。両国とも半数以上が、手段的サポートの提供者をもっていることになる。
バクタプール郡におけるソーシャル・サポートが他と比べて多いと断定するには
今後の調査を待たなければならないが、今回の全調査対象者の約7割が農業に従事しており、また約1割を占める職人のうち、陶器や木工製品製作などの家内工業に従事しているのがほとんどを占めるため、共同作業を通したソーシャル・サポートが形成されている可能性がある。 山手は、コミュニティを、住民が主体的に創造し共有する普遍的価値意識に基づいて行動することによって新しく形成されるものと定義し、奥田の4つの「モデル」を引用し説明を加えている (山手, 1996)。バクタプール郡のコミュニティは、そのうちの「地域共同体」モデルに該当する。「地域共同体」とは、村落の旧部落、都市の旧町内といった、共同体的(ムラ的)規制が支配する伝統型地域社会に当たる。住民は、地元共同体意識(我々意識)と地域ぐるみ的な連帯行動様式をもち、日常生活における相互関係・共同行動(親睦・祭礼・労力奉仕・相互扶助など)組織的紐帯になっている。
 また、ネパールでは、個人対個人、あるいは家族対家族の相互互助のほか、ヒンドゥ教やラマ教などの寺院が、個人や家族に対して施しをしている (谷勝英 1994)。
 ネパール語で、見知らぬ人に声をかける際、相手が自分より年上であれば、ダイ(兄)またはディディ(姉)、年下であれば、バイ(弟)、バヒニ(妹)と呼ぶ。これも共同体意識の表われかもしれない。

2.主介護者に対するソーシャル・サポート
 今回の調査では、主介護者が対照群より、手段的サポートや、ネットワークの頻度が少なかった。このことについて、考えられる理由としては、まず第一に、主介護者は家でPWDの介護をしなければならず、行動の範囲と時間が限られてしまう。
第二に、主介護者のソーシャル・サポートは、受領という一方向性になりやすいことがある。介護しなければならないという理由から、農作業その他の地域社会への手伝いに、主介護者が参加することが困難である。ソーシャル・サポートの特性として相互性についての研究が報告されている。その中には、相互性がない場合、関係の継続性が危ぶまれるとの研究報告もある (Neufeld, 1995)。また、我が国の高齢者のソーシャル・ネットワークの研究でも、ソーシャル・サポートの提供と受領の報告がされている (金, 1999)。つまり、一方向性のサポートは、破綻をきたしやすい。地域社会に「困ったときには、お互い様」というささえあいの意識が、互助の根底に存在しているのである。
 また、調査前には、障害に対する偏見という理由による地域社会からの差別も考えていた。障害の原因を神々に帰したり、前世の業とした回答は、主介護者で1.9%、対照群で5.7%であった。予想よりは、少なかったので、感想をスタッフに伝えると、2ヶ月に1回開催する親の会で、そういった問題も話し合っているとのことだった。ただ、障害の原因に関する認識に主介護者と対照群との間に差異がみられた。つまり、主介護者で病気や発熱という回答が3割弱であったのに対し、対照群では5%に満たなかったが、養育上の不適切との回答が三分の一を占めた。障害の理由として、親の育て方に問題があると認識されている可能性があり、PWDのいる家族への偏見につながるかもしれない。
 主介護者に、PWDがいることで問題を抱えているかという質問に関連して、105名中、81名が問題を抱えていると回答し、そのうち、地域から蔑視やからかいの対象になるとの回答が6名(5.7%)あった。PWDが地域社会から理由のない差別を受けるのではと懸念している主介護者が少数ながら存在した。

3.村と都市における主介護者のソーシャル・サポートの差異
 困ったときに相談する数からみた親戚、いわゆるネットワークの規模は、村の方が大きいが、これは農業を基盤とした共同体であることがその理由として考えられよう。ただ、配偶者間の衝突は村の方が多く、情緒サポートや家族や近隣との往来は、村の方が少なく、総合すると、村のPWDの主介護者へのソーシャル・サポートの方が低いと考えられた。
その背景を考察すると、まず第一に、村と都市では明らかに社会基盤が異なっていることが挙げられる。バクタプール市およびティミ市の住民は徒歩15分以内に、少なくとも薬局と小学校がある。第二には、村のPWDは都市に比べて障害の程度が重い結果となっている。この理由は、バクタプール市は4〜5階建てのレンガ造りの家屋が密集しており、路地も狭く日当たりが悪い。栄養状態が悪いとくる病にかかりやすい。現在は乳児健診で早期に発見し、薬の内服により障害が残らない。また、聴覚障害をもった子どもを対象とした学級も運営しているので、そういったサービスによるバイアスが考えられる。村では、現在のところボランティアによる訪問サービスと専門病院への照会サービスが主となっており、都市に比べて非常に貧弱なサービスしか受けられない現状である。
また、村と都市では、親の教育レベルの差以上にPWDの教育レベルに差がある。PWDのための教育環境を整備していくことも今後の課題であろう。
 ネパールではPWDとその家族のための施策のために、十分な予算はあまり期待できない。1997年から2002年までの、第九次国家計画の中にも、PWDの戦略は立てられているものの具体的なプログラムまでは言及されていない (NPC, 1998)。
 それゆえ、インフォーマルなネットワークの構築が早急に求められるが、ソーシャル・サポートの相互性を考えた場合、提供と受領を行ないやすいPWDの家族を結びつけることが有効ではなかろうか。当初は、PWDの家族が抱える悩みなどの共有や、情報の交換などからはじめ、次第に活動を地域社会へ広げていくことが大切と思われる。

4.ネパールの家族による介護について
著者が1987年当時バクタプール郡の村落で訪問リハビリをした際、50数名という家族がいた。両手で抱えきれないほどの大きさの釜、2つで食事を用意していた。障害をもった子どもの父親は、私に「家族がこれだけいるから介護ができる。もし少ない家族だったら、やれない」と言っていたのが印象に残った。障害をもった子どもの遊び相手となる子どもだけでも20名以上いた。ただし、今回の調査時に、スタッフや調査対象者から、特に教育レベルが比較的高い人から、「子どもの数が少ない小さな家族の方が良い」、あるいは主介護者からも、「親戚のつきあいとPWDの介護で大変」との声を耳にした。
 バクタプール市で実施した予備テストで、家族の数を確かめる際、家族は何名ですかとの問いに回答は6名。次にもし父母が同居しているのであれば何人ですかと問うと8名と答えた。さらに、同じ建物には何人が住んでいるのですか、と問うと30名以上との答えが返ってきた。近い血縁者もいるし、遠い血縁者や他人に近い者も含まれるようであった。家族範囲の認知としては、以前より縮小している印象を受けた。  
また、他のCBRプログラムに同行した際、スタッフが訪問先の家庭で、子どもの数が3人と聞くと、家族計画を勧めていた。今後、ネパールでは拡大家族よりも核家族が好まれ、家族の縮小は進んでいくものと思われる。公的なサービスがあまり期待できないなかで、どのように家族の福祉機能を保障していくかが大切で、地域社会のソーシャル・サポートの充実がますます課題となってくると考えられる。

5.本研究の限界
 
ネパールでは行政機関はPWDの実態を把握していなかったため、本研究ではCBRサービスを実施しているNGOが所有している名簿を利用した。バクタプールCBRは、当初ユニセフが援助し活動期間もネパールで最も長いので、同じカトマンドゥ盆地内でも病院施設のあるカトマンドゥ市内や、CBRが中断してしまっているキルティプール(Kirtipur)、および1,2年のCBR活動期間しかないパタン(Patan)とも地域サービスが異なる。したがって今回の調査を、多民族国家で多様な文化社会的背景を有するネパール全体のPWDとその家族のソーシャル・サポートに一般化することはできない。しかし、本研究は、少なくともバクタプール郡のPWDの家族を対象としたソーシャル・サポートに関するネパールで最初の調査であった。今後は、他地域でも同様の調査が行われることを期待したい。また、χ2検定を用いた横断調査であるため、時間軸を含めた因果関係を検証することには限界があり、今後はprospective study も必要になろう。
なお、今回はバクタプールCBRプログラムの開始当初からの名簿を用いた。当時は、栄養失調やくる病で「障害」があったが、調査時にはPWDとは認めがたいケースが含まれていた。ネパールにおける「障害」の定義を統一することも重要であると思われた。

」 結論と提言

1.PWDの主介護者に対するソーシャル・サポートは、手段的サポートやネットワークの頻度が、PWDのいない家族よりも少なかった。
2.村のネットワークの規模は、都市よりも大きいが、家族や近隣との往来の頻度や情緒サポートは、村のほうが都市よりも少なかった。

 本研究では、ネパールのバクタプール郡でのPWD主介護者に対するソーシャル・サポートを、PWDのいない家族と比較した。特に、村でのソーシャル・サポートがネットワークの規模にくらべて機能していないことが明らかになった。本研究の内容が、PWDとその家族の地域社会への参加に少しでも貢献できればと思う。  

謝 辞

本調査にご協力くださったネパール・バクタプール郡のPWDのご家族や地域住民の皆様、現地で精力的に同行してくださったバクタプールCBRのスタッフと地域ボランティアの皆様に厚く御礼を申し上げます。ネパールで調査上の貴重なご助言や情報を下さいました国際協力事業団地域保健専門家の神馬征峰先生に感謝いたします。また、指導教官の若井晋教授、中村安秀助教授(1999年10月から大阪大学人間科学部教授)をはじめ、国際地域保健学教室の皆様からは、研究方法から、論文のまとめ方まで多大なご指導をしていただき御礼申し上げます。

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Table

Table 1: Socio-economic characteristics of caregivers and controls               n.a=not applicable

Table 2: Social network and social support of caregivers and controls

Table 3: Perception of causes for disability from caregivers and controls

Table 4: Socio-economic characteristics by areas of caregiver

Table 5: Social network and social support by areas of caregivers

Table 6: Characteristics of People with Disablement

Table 7: Caregiver's perception of problems