平成11年度 調査研究報告書

タイの障害者のQOLの観点からみたCommunity-Based-Rehabilitation
の有効性について

調査実施担当者
筑波大学大学院教育研究科 石館 ふみ

指導教員
柳本 雄次

【目 次】

ごあいさつ                    1
データの取り扱いについて             1

研究結果報告
はじめに                     2
調査1
  目的                     3
  方法                     3
  結果・考察                  3
調査 2
  目的                     7
  方法                     7 
  結果・考察                  10
調査3
  目的                     15
  方法                     15
  結果・考察                  17

総合考察                     22
まとめ・今後の課題                25

【ごあいさつ】

 過日は、筑波大学大学院教育研究科柳本研究室での調査研究にご協力いただきまして、誠にありがとうございました。このたびは、ご協力いただいた研究の結果を報告させていただきます。以下をご一読いただき、参考にしていただければ幸いと存じます。

【データの取り扱いについて】

 今回の質問紙調査で収集されたデータは、すべてコンピュータで処理されました。面接調査で収集されたデータについても、厳重に保管しています。したがって、個人のデータが特定されることは一切ありません。

【はじめに】
1.CBRについて

 CBR(Community-Based-Rehabilitation)という言葉は、1976年にWHOが「障害の予防とリハビリテーション」に関する総会決議を行った際に初めて登場した。開発途上国では人口の70%が農村部に居住し、このような地域に暮らす障害者は、専門機関でのリハビリテーションサービスを受けられないままに放置されている。そこで学校などの地域にある資源を活用し、保健婦や教員の指導のもとに、障害者自身、その家族、地域のボランティアなどが協力し、サービスを提供するという方法が提唱された。このCBRを、WHOは1978年に「地域資源を用いて、地域レベルで行うリハビリテーション活動で、障害者とその家族を含む、地域全体が参加して行われる方法である」と定義した。WHOは、アルマアタ宣言(1978年)において、プライマリー・ヘルスケア(PHC)の4大要素として健康増進・疾病予防・疾病治療・リハビリテーションを掲げ、その中で、障害の予防とリハビリテーション普及のうえでCommunity-Basedのサービスが有用であることを強調した。
 CBRとは、障害者本人の身体機能回復のための治療・訓練を指す狭義のリハビリテーションではなく、障害者が自己実現していける社会の実現を含む広義の意味で用いられている。CBRが急速に広まってきた最大の理由は、障害者問題の解決、つまり単に障害者自身が身体の機能を回復することではなく、身体の機能不全を抱えていても、人として平等な権利を有し、自己実現の主体として社会の発展に貢献できる社会の実現に対してCBRがよりよいアプローチであると理解されたからである(久野、1997)。1993-2002年のアジア太平洋障害者の十年にあたっては、ESCAPも、CBRを障害者のクオリティ・オブ・ライフ(以下QOL)を高める戦略として推し進めることを決定した(久野、1997)。CBRでは、障害者自身がサービスの提供に重要な役割を果たすべきだと考えられている。障害者自身が社会を変革していくための力を付けること(エンパワーメント)の重要性を説いたCBRだが、CBRの現在の評価においては、ADL(日常生活動作)など測定しやすい障害者の機能面での進歩のみが強調されていた。そのため、障害者の自立につながるCBRの成果にまで研究が及ぶことが少ないことは残念なことである(中西、1997)。プライマリー・ヘルスケアの理念が浸透し、途上国のモデル像となっているタイにおいて実施されているCBRを、QOLの観点から評価することは意義深いことだと考えた。

2.本研究の目的
 本研究では、障害者の自立につながるCBRの有効性を、QOLを通して評価することを試みる。そのために、CBR下の障害者の生活実態の概要を把握し、CBRプログラム下の障害者の生活にどのような特徴があるのか、自身の日常生活をどのように評価しているのかを明確にする。また施設処遇を受ける障害者との比較によっても、CBRプログラム下の障害者の生活環境の特徴を考察していく。

【調査1】

1. 目 的
 タイのCBRプログラム下の障害者のQOLを、WHO/QOL-26質問紙を用いて評価する。

2.方 法
(1)調査対象
 タイ東北部ノンブアランプー県で実施され ているCBRプログラムに参加する障害者37名、またタイ南部ナコンシータマラート県で実施されているCBRプログラムに参加する障害者各16名を対象に質問紙調査を行った。
(2)調査材料
 WHO/QOL-26質問紙(タイ語版)を用いた。
(質問紙の構成・内容については、資料として添付)
(3)結 果
 各領域ごとのQOL得点の合計点の平均点を算出し、「身体的領域」「心理的領域」「社会的関係」および「環境」の各領域の最大得点に対する割合を、タイ東北部・南部CBR参加者それぞれの得点を算出した。そのレーダーグラフがFig.1 Fig.2である。

Fig.1  タイ東北部CBR QOL-26

Fig.2 タイ南部CBR QOL -26

(4)考 察 
 タイ東北部の場合、各領域ごとのQOLの得点のバランスを見ると、環境領域のQOLが最も低い。環境領域は、「金銭関係・自由、安全と治安・健康と社会的ケア・利用のしやすさ・居住環境・新しい情報と技術の獲得の機会・余暇活動の参加と機会・生活圏の環境(公害/騒音/気候)・交通手段」という下位項目を含むものである。環境領域の中でも、最も低い平均点が算出されたのは、Q12「必要なものが買えるだけのお金を持っていますか」であり、次いで低いのはQ13「毎日の生活に必要な情報をどのくらい得ることができますか」Q25「周辺の交通の便に満足していますか」であった。これは、ノンブアランプー県がバンコクから610km、あるいは近隣の都市部からも離れている地域であることを、障害者自身も生活の中で感じており、不便さを感じていることが示された。これに対して心理的領域は、四つの領域の中で最も高いQOLが示された。心理的領域の中でもQ6「自分の生活をどのくらい意味あるものと感じていますか」Q5「毎日の生活をどのくらい楽しく過ごしていますか」の平均点が高かった。結果から、障害者自身は、金銭的な面、環境領域など、物質的な面では低いQOLを示しているが、心理的領域では良好なQOLを示しており、貧しさ、リハビリテーションの機器の不足などにも関わらず、毎日の生活を楽しく過ごし、自分自身の生活を受け入れる姿勢がみられる。
 タイ南部の場合、領域別にみると最も高いQOLを示した領域は、心理的領域と社会的領域であった。心理的領域は、「ボディイメージ・否定的感情・肯定的感情・自己評価・精神性/宗教/信条/思考・学習・記憶・集中」という下位項目を含むものである。中でもQ6「自分の生活をどのくらい意味あるものと感じていますか」の平均点が高かった。この項目は、自分の人生についての認知がQOLへどう影響するかについての項目である。質問は、家族や友人が個人の、あるいは家族の問題を解決するのに、どれだけ責任を分かち合い、共に働いてくれるか、危機に際して援助してくれるかなどに焦点をあてている。結果から、南部CBRプログラム下の障害者は、自分自身の生活についての認知が良好であることが推測される。社会的関係は、「人間関係・社会的支援・性的活動」という下位項目を含むものである。中でも、Q22で「友人たちの支えに満足していますか」の平均点が高かった。この項目は、家族や友人から得られる支援、実際にあてにできる援助の有無について調べるものである。結果から、タイ南部CBRプログラム下の障害者は、友人たちの支えについて満足度が高いことが推測される。環境領域の中で、もっとも低かったものは、Q12「必要なものが買えるだけのお金を持っていますか」であった。Q12は、人の経済状況(他のものと交換できる資源の状況)が健康で快適なライフスタイルの必要性にかなっているかどうかを問うものである。結果から、南部CBRプログラム下の障害者は、日常生活において必要なものを金銭的に満たすことが不十分な状況にあることが推測される。ほぼ同じぐらい平均点が低いのは、Q25「周辺の交通の便に満足していますか」であった。結果から、タイ南部CBRプログラム下の障害者は、日々の交通手段に不満を感じていることが推測される。この項目は、外出の際に交通機関が利用できて、それがいかに使いやすいかについての見解を調べるものであり、日々必要な活動ができる交通手段がどのくらいあるかに焦点をあてている。
  *領域ごとではなく、各質問項目については、論文本体参照のこと。

【調査2】
1.目 的
 CBRプログラム下の障害者の活動の多様性を、面接を通して調査することを目的とする。

2.方 法
(1)調査対象
 タイ東北部のCBRプログラムに参加する障害者5名、またタイ南部のCBRプログラムに参加する障害者6名を対象に面接調査を行った。本人が回答できない場合は、保護者がかわって回答した。
 <被験者の属性>

タイ東北部CBR被験者の属性

性別 年齢 障害名 歩行 食事 衣服の着脱 トイレ 風呂 会話 外出 就学状況
A 4 CP できない 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 介助あり で可 でき ない でき ない 就学前  段階
B 14 下肢に障害あり 杖を使用 できる できる できる 介助あり で可 できる 機会がない 通っていない
C 15 CP できる できる できる できる できる できる できる 統合教育
D 2 CP できない 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 介助あり で可 できる 家族と一緒 就学前  段階
E 2 発達障害 できない できない でき ない 介助ありで可 介助あり で可 でき ない 家族と一緒 就学前  段階

タイ南部CBR被験者の属性

被験者 性別 年齢 障害名 歩行 食事 衣服の着脱 トイレ 風呂 会話 外出 就学状況
A 11CP CP できる できる  介助ありで可 介助ありで可 できる できる できる 通っていない
B 6 CP 杖を使用 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 できない できる 通っていない
C 3 CP できない できない できない できない できない できない できない 就学前段階
D 26 下肢に障害あり 杖を使用 できる  できる 介助ありで可 できる できる できる 小三が最終学歴
E 5 CP できない できない できない できない できない できない できない 就学前段階
F 12 CP できない 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 介助ありで可 できる できない 通っていない

(2)調査材料
 面接項目は@日常生活の流れACBR下で行う活動についてBリハビリテーションについてC人的資源についてD生活圏の環境についてE就労についてF日常生活についての要望、の7つの領域からなる。
各項目の質問内容を、以下に示す。
 
  @日常生活の流れについて
 CBRプログラム下の障害者が、日常生活をどのように送っているのかを把握するために、以下のような図表に記入しながら、平日・休日の一日のスケジュールを質問した。下の円形の図を例として被験者に示し、それを見ながら質問をし、未記入の図に同じ要領で記入していった。例)は、平日と休日それぞれ用意した。面接に実際用いた図表、タイ語版の面接項目はタイ語版の資料に付した。

注: 面接項目は、タイ東北部CBRのものと、タイ南部CBRのものでは、若干表現を変えた部分がある。その部分とはD生活圏の環境についての領域で、タイ東北部においては面接調査をノンブアランプー県スイブンルアン郡病院のリハビリテーションセンター内で行ったため、「一番近い病院」ではなく、面接中に「この病院」と表現した。

(3)結 果
 7つの領域それぞれについて、実際に面接時に被験者の回答した内容を簡潔にしてまとめたものを表にして順に示した。

@日常生活の流れ
 月に一度通院する以外は、平日も休日も家庭やその周辺で生活している。手工芸品製作や文字の学習など一日の主な活動は家庭の中で行われている。そのため、平日と休日との差があまりみられない。

ACBR下の活動について
 CBR活動に参加するようになり、障害についての知識が増し、家庭でのリハビリテーションに割く時間が増えた。地域の人とCBRについて話し合うようになった等の変化がみられた。

Bリハビリテーション
 リハビリテーションは主に家族によって行われており、肯定的態度により取り組まれている。家庭では自助具を作成しており、効果的に利用している。リハビリテーションの所用時間は、約30分である。

C人的資源
 障害についての相談相手は、主にNGOスタッフや医者であった。家族内の人間関係を肯定的に認識し、また地域内の住民とは集会所・寺院を利用して交流している。地域内の住民との催事には積極的に参加している。

D生活圏の環境
 病院までの距離は40km圏内、学校までの距離は5km圏内、寺院までの距離は5km圏内であった。移動手段は、市バス・モトサイ・自家用車を主に利用していた。病院へのアクセスに負担があることから、通院のための補助金給付の実施がなされている。

E就労について
 東北部CBR参加者の生計は農業であり、南部CBR参加者の生計は、雑貨販売・宝くじ販売・手工芸品製作・運転手などだった。長期間就労可能な安定した収入の得られる仕事を希望

F日常生活の要望について
 病気のかかりやすさ、病院へのアクセスの不便さ、移動の手段や就学・就労・健康について不安を持っていることがわかった。

調査3】

1.目 的
 施設処遇を受ける障害者のQOLをWHO/QOL-26質問紙を用いた質問紙調査、また面接調査を通して評価することを目的とする。

2.方法
(1)調査対象
 パクレット国立養護施設に入所する障害者60名を対象に質問紙調査を行った。加えて面接調査も行った。
 <被験者の属性>

性別 年齢 入所年度 実家 障害名 歩行 食事 衣服の着脱 トイレ 風呂 会話 外出 就学状況
A 28 1984年 バンコク  近郊 下肢に 障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 訪問教育  (小学校段階)
B 18 1994年 ナコンパトム県 下肢に 障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 小4が最終学歴
C 20 1989年 ウタラディット県 ポリオ 車椅子 できる 介助あり   で可 介助ありで可 介助ありで可 できる 介助ありで可 中学校通学中
D 17 1987年 チュムポーン県 下肢に障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 中3が最終学歴
E 32 1994年 ロイエット県 全盲 できる できる できる できる できる できる 介助ありで可 通っていない
F 28 1991年 パトムタニ県 下肢に 障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 通っていない
G 33 1987年 ウドムタニ県 下肢に 障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 通っていない
H 32 1990年 チェンマイ県 下肢に 障害あり 車椅子 できる できる できる できる できる 介助ありで可 訪問教育  (小学校段階)

(2)調査材料
 質問紙は、
調査1に用いたものと同様にWHO/QOL-26を用いた。面接項目は@日常生活の流れA施設内で行う活動についてBリハビリテーションについてC人的資源についてD生活圏の環境についてE就労についてF日常生活についての要望、の7つの領域からなる。各項目の質問内容を、以下に示す。

@日常生活の流れについては、調査2と同様に行った。(P8参照)


(3)結果と考察
・WHO/QOL-26について
各領域ごとのQOL得点の合計点の平均点を算出し、「身体的領域」「心理的領域」「社会的関係」および「環境」の各領域の最大得点に対する割合を、タイ東北部・南部CBR参加者それぞれの得点を算出した。そのレーダーグラフがFig.3である。

 Fig.3 国立養護施設パクレット QOL-26

 各領域ごとのQOLの得点のバランスを見ると、身体的領域のQOLの得点が目立って低い。身体的領域の中でも最も低かった項目は、Q4「毎日の生活の中で治療(医療)がどのくらい必要ですか」であった。この項目は、医薬品と医療への依存を示すものであり、人が身体的・心理的に良好な状態を維持するために、どのくらい医薬品や医療に頼っているかを調べるものである。医療施設の利用しやすさに対する満足度は高いものの、パクレット国立養護施設に入所する障害者は、医療や医薬品の提供が十分になされていないということが推測される。これは、医療施設やリハビリテーションの施設の利用しやすさに対する満足度が高いことに反して、各入所者それぞれになされる医療サービスが、スタッフの慢性的不足などの理由で、十分ではないということを入所者が感じていることを示してるのではないだろうか。
 心理的領域、環境にはさほど差がなかった。社会的関係は、最も高いQOLを示した。施設内での人間関係が良好であることが推測される。


・面接項目について

 7つの領域それぞれについて、実際に面接時に被験者の回答した内容を簡潔にしてまとめたものを表にして順に示した。

@日常生活の流れ
 毎朝8時に朝礼、食事は集団ごとに行い、午前2時間・午後2時間は作業学習・スポーツなど、施設内の生活にはリズムがある。平日と休日では活動に明確に差がある。休日は施設内にある生活棟や、施設周辺を散歩するなどして過ごしている。

A施設内で行う活動について
 スタッフの指導で造花・裁縫・カーペット作り・人形製作・水がめ製作・スポーツ等の活動を肯定的態度で行っている。キャンプ等の特別行事に参加し、施設内の友人関係を深めるなど、施設内の活動に入所者は肯定的である。

Bリハビリテーションについて
 主にPTによって行われているが、PTの不足により入所者の希望を全て受け入れるのは難しい状況にある。入所以前には自宅の周辺でリハビリの機会を習慣的に得ることが難しかった。CBRについて知識がある者はいなかった。

C人的資源について
 施設外の友人は1〜4人で、交流の機会はなしか多くて1か月に一度であった。施設外の地域の住民とは施設行事において集団で交流している。最も親密な人はいないか、施設内の友人であった。

D生活圏の環境について
 病院までの距離は100km圏内、学校までの距離は200km圏内、寺院までの距離は2km圏内、外出の機会は少ない状態であった。入所者は施設の設備について満足していた。

E就労について
 入所者の90%は父母なしか、扶養能力のない状態にある。電気製品の修理・アート関係・裁縫など作業学習で学んだ活動をいかした就職を希望している。

F日常生活の要望について
 施設内の移動の不便さ、食事の改善、施設外の知人の訪問の少なさ、父母・家族との関係に不満を持つことがわかった。その他では就学・就労・健康・家族のことについてであった。

【総合考察】
・QOL-26の比較・考察
 CBR群のQOLの特徴は、環境領域のQOLが目立って低いことである。国立養護施設パクレットのQOLの特徴は、身体的領域が目立って低いということである。医療的ケアが必要な時にはすぐにでも医者の診察を受けられる環境にいながらも、パクレット入所者の身体的領域のQOLは、CBR群よりも低く評価された。医療が提供されても、身体の不全感はCBR群よりも低く評価されているのである。WHO/QOL-26が、主観的QOLの測定を試みた尺度であることを考えると、国立養護施設パクレットに入所している障害者の身体の不全感は、医療環境などが良好でも高い状況にあったということが推測される。CBR群は、環境領域のQOLが目立って低くいのにも関わらず、心理的領域のQOL は、パクレットの入所者のQOLの得点との差はなく、物理的に恵まれない環境にあるが日常生活を楽しく安定して送っていることが推測される。社会的関係については、CBR群よりもパクレットの入所者の方が高いQOLを示した。パクレット入所者は、施設内での人間関係、友人の支えに対する満足度が高いということが推測される。
・面接項目の比較・考察
 CBRプログラム下の障害者の生活と、国立養護施設パクレットに入所している障害者の生活を面接調査を通して概観してきた。面接項目の領域ごとに、両者を比較、考察していく。
@日常生活の流れについて
 パクレットに入所する障害者の日常には、平日に主となる活動があることで、平日と休日の活動に明確な差ができている。比べてCBR下の障害者の生活は、地域の学校で統合教育を受けているタイ東北CBR被験者C以外は、平日と休日の差が明確に見られなかった。パクレットに入所する障害者は、施設の敷地内で生活し生活圏に限りがある中で暮らしているが、活動の内容は各個人で多様であった。CBR下の障害者の生活は、被験者の年齢がパクレット国立養護施設の被験者に比べて低いこともあるが、地域内で送られており、際だって目立った活動はなかった。
ACBR下あるいは施設内の活動について
 パクレット国立養護施設内の活動は、施設職員の決定に従って定められ、各被験者に合わせた活動が選択される。朝礼・作業学習の時間などは、毎日同じ時間帯に行われており、毎日の生活のリズムを作っていることは評価できる。逆に、あまり作業が習慣化してしまい、作業に飽きてしまう心配もある。現在行っている活動以外の活動を希望している場合は問題がある。CBR下の活動としては、家族によるリハビリテーションの実施、自助具、おもちゃの作成をきっかけとした地域の住民の意識の変化などがある。CBR下の障害者が積極的に地域住民との関わりを持とうとすることで、地域全体が障害者と共にふつうに暮らしていく地盤が醸成されていくという過程は評価できる。
Bリハビリテーションについて
 パクレット国立養護施設内でのリハビリテーションは、施設敷地内にあるリハビリ棟でPTによって行われている。リハビリテーションを受けるかどうかは、PTの判断によって決められる。PTは施設に2人しかおらず、慢性的なスタッフの不足に悩まされている。CBR下の障害者は、日常生活におけるリハビリテーションの担い手は主に家族・親戚といった近親者であり、彼らによって毎日のリハビリテーションを行う習慣がついている。月に1回の病院でのリハビリテーションのみが、専門家によるものである。
C人的資源について
 パクレット国立養護施設の入所者は、施設内で最も親密な人はという問いに対して「いない」と答えた被験者が4名、施設内の友達を挙げた者が3名であった。施設外の友人が施設を訪問する頻度は少なく、限られた範囲内での人間関係が作られている。しかし、パクレット国立養護施設に入所する障害者は、社会的関係のQOLは高く、限られた範囲内の人間関係をうまく築いていることが推測される。同世代の友人は、国立養護施設パクレット内の障害者の方が多く持つが、みな同じ障害者同士の友人であり、健常者との関わりという意味で幅が狭い人間関係であることが特徴である。これに比べCBR下の障害者は、地域の中で家族と共に暮らし、近所の友人あるいは近所の住民と人間関係を作っている。一方、CBRプログラム下の障害者は、地域の中で日常を送り、なかなか都心に行く機会のない一方で、家族、親戚、兄弟、地域住民との良好な関係を築いている。地域の中で行われる催事には、家族が障害児を連れていくことが普通なこととなっており、地域内での住民と障害者との交流の機会は多いと推測される。パクレット国立養護施設施設内では、職員には「忙しそうで声をかけると悪いと思う」と考える障害者が存在する。障害について不安な時は誰に相談するのかということについて、パクレット国立養護施設に入所する障害者は、職員ではなく友人と答えた。職員は障害についての助言を知専門知識に基づいてできるはずだが、職員と障害の相談を気楽にできるような雰囲気が醸成されていないようである。誰にも相談しないと答えた者もいた。職員自身も、入所人員に比べスタッフの少なさを嘆いており、自身の余裕のなさを自覚している。
D生活圏の環境について
 環境面では、国立養護施設パクレットにおいては、施設内の敷地に学校や医療棟、リハビリ棟、寝泊まりをする生活棟など多くの社会的資源に恵まれている。施設外への外出は、施設の企画として集団で行う者や、実家への帰宅などで、スタッフの介助を受けながら外出の機会を確保されている。CBRプログラム下の障害者は、医療サービスを受ける場所として郡病院へ市バス、モトサイ、自分の車などで通院している。他県への外出については、近所の住人に誘われて、あるいは他県の親戚や友人を訪問するといったことがきっかけで他県への外出をしている。しかし、農村部という地理的条件は健常者にとっても外出の機会を持つことを難しくしている。
E就労について
 就労については、パクレット国立養護施設に入所する障害者、CBR下の障害者、両者とも、具体的な仕事のイメージを持つ障害者が少なかった。施設に入所する障害者の場合は、施設を出て就労につくこと自体、想像することが難しいというのがその理由であり、CBR下の障害者の被験者の年齢が低いことが理由であるだろう。

F日常生活の要望について
 日常生活の要望については、パクレット国立養護施設に入所する障害者、CBR下の障害者それぞれ、個人個人の障害によって様々な回答が得られた。パクレット国立養護施設では、「就学のこと」「就労のこと」という回答が目立った。CBR下の障害者では、「健康に関すること」についての不安を挙げる被験者が多かった。 

【まとめ】

 調査1の結果から、タイ東北部ノンブアランプー県CBRでは環境領域が非常に低いQOLが示され、タイ南部ナコンシータマラート県CBRでは領域ごとには偏りのないQOLが示された。各領域ともに、タイ東北部ノンブアランプー県のCBRがタイ南部ナコンシータマラート県CBRよりも高いQOLを示した。
 タイにおけるCBR参加者は、少ない地域資源を可能な限り利用し、日常生活では家庭をリハビリテーションの場としていることがわかった。調査2では、面接を通じてCBRプログラム下の障害者の生活に迫り、活動の多様性について調査した。CBRプログラム下の障害者は、外出の機会・地域資源までのアクセスに困難がある、などの難点を抱えているが、家族や地域社会の住民の中で豊かな人間関係を作っている。地域の祭事や寺での集会に障害者を連れていくこと、また障害者を持つ家族が家庭の庭で自助具を作成することによって、地域社会の障害に対する意識の底上げが起こり、障害者が地域で暮らす基盤を醸成されていることが推測された。障害児はこうした交流の中で社会経験を積み、社会の側も障害者との関わりの中で啓発されていく。こうした地域住民と障害者との関わりは機能面のリハビリテーションのみの充実を考え、施設や病院などにリハビリテーションの主導権を委ねてていたのでは促進されない。広義のリハビリテーションの意義を考えれば、ADL面での改善をQOLの底上げにつながっていくものという意識を作っていくべきであろう。CBRプログラム下の障害者は、この面で模範となるべき活動を行っているのではないだろうか。

【今後の課題】
 本研究では、三つの調査によってタイで実施されているCBRをQOL の観点から評価することを試みた。調査を通して、タイのCBRは環境面のQOLの充実が望まれる状況があること、加えて厳しい環境にも関わらず、心理的領域のQOLは高く、今後の活動が長期に渡り安定して継続されることで、障害者に主体的に生きるきっかけとなることが期待されている状況が推測された。





              


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