目 次
はじめに
・・・・ 1
第1章:CBRについて
第1節 定義・目的 ・・・・ 2
第2節 対象とコミュニティ ・・・・ 3
第3節 CBRの歴史〜国連の動きより ・・・・ 5
第4節 開発途上国におけるCBRの取り組み ・・・・ 8
第2章:フィリピンにおける障害者問題
第1節 フィリピンの概要 ・・・・10
第2節 フィリピンの障害者福祉の現状 ・・・・11
第3節 フィリピンでの障害者問題への取り組み ・・・・13
第3章:NORFILによるCBRプログラムの実践
第1節 NORFILの概要 ・・・・14
第2節 NORFILの活動内容、CBRプログラムの実践方法 ・・15
第3節 調査の目的と方法 ・・・17
第4節 利用者の抱えるニーズ、問題の調査結果 ・・・・17
第5節 CBRプログラムへの評価ー調査分析 ・・・・22
第4章:今後のフィリピンにおけるCBRの展望
第1節 地域開発と障害者問題 ・・・・26
第2節 CBRの課題 ・・・・27
おわりに
・・・・28
注 ・・・・29
参考文献 ・・・・30
巻末付録・調査票
現在、世界の人口は60億人で、うち、アジアに80%の人が暮らしている。障害者の割合は人口の1割とされており、アジアには3億近くの人が障害を持って暮らしていると考えられる。先進国では、障害を持つ当事者団体が人権、自立した生活を求め活動を行っている。では、発展途上国ではどの様な状況なのか。社会資源が不十分で、かつ、障害に対する知識が普及していない地域では、一体障害をもつ人達はどの様な生活を送っているのだろうか。国際協力として、社会福祉従事者としてこの問題にどの様に関わることが出来るのか。この疑問によって、私がCBRと出会うこととなった。もともと、障害者が施設を出て、自立した生活を送れるような地域づくりに関心を抱いていた私にとって、地域を巻き込み、地域開発の一環として障害者の問題も捉えているCBRの総合的な考え方は共感できるものだった。また、興味のある開発途上国を中心に展開されているとなると、更に魅力的で、障害者問題と国際協力が一本の線でつながった喜びを覚えている。
そこで、CBRは障害者問題の解決に効果的であるという前提に立ち、フィリピンでCBRを展開していくためには、コーディネーター役の機関・団体がどの様な役割、課題を持っているのかをこの論文で明確にしていく。今回フィリピンのNGO、NORFILを選択した理由のひとつに、フィリピンに何度か訪れたことがあり、ある程度文化や社会を理解していたこと、そして、フィリピンでは、福祉サービスが地域を重点に実施されてきたことにある。2つ目は、NORFILで実習をさせてもらった経験があることも一つの要因だが、それ以上にスタッフがソーシャルワーカーにより構成されており、ここを中心に理学療法士、教師など関連分野との連携をはかっているので、ソーシャルワーカーの役割が明確であり、かつ医療関係者が中心となるため医学モデルになりがちなCBRのプログラムがきちんと社会モデルとして実施されているため、CBR実践の良い事例だと判断したためである。この2つの理由によりNORFILを本論文の事例として取り上げた。しかし、CBRとはあくまでも考え方であり、マニュアル化された具体的実践方法を意味するのではない。国や地域に適した方法をそれぞれ創り出す必要があり、地域によりアプローチの方法が異なる。そのため、NORFILの活動が全ての地域において適当であるとは言い難く、最高の方法であるとも言えない。単に一つの事例であることをここで予め断っておきたい。
第1章 CBRについて
第1節 定義・目的
Community-Based Rehabilitationは、地域に根ざしたリハビリテーション、地域主導型・地域住民参加型・地域の社会資源開発型リハビリテーション等と訳すことが出来るが、特に定着した言葉がないので本論文では以下CBRと略す。CBRとは、「本質的には、障害者とその家族の生活の質(QOL)を向上させる社会開発の領域での社会資源活用のプロセス」であるとCBRの創始者、パドマニ・メンディス(1)は定義している。つまり、完全参加と平等を達成し、障害者の生活の質を高めていくことを目的に、地域社会の考え方と行動のあり方を変革する活動である。障害者の生活の質の向上、障害者のエンパワメント、地域社会の意識の向上、そして経済的で実行しやすい技術の提供を実現するためには、地域社会への障害者の参加を奨励し、地域の資源を利用する持続可能なアプローチであることが求められる。障害者の自立を目的に施設で訓練を行う従来の方策とは異なり、地域社会の資源を活かして家族と共に地域で生活することを意図しているため、社会資源の乏しい途上国で注目され、フィリピンを始めとした東南アジア、南アジアを中心に1970年代後半より、政府及びNGOが実施している。1976年WHO(世界保健機関)が、途上国の、特に農村など既存のサービスがない地域でのリハビリテーションの実践方法として提唱し、1994年にはWHO、ILO(国際労働機関)、UNESCO(国連教育文化機関)がCBRに関する合同政策方針を発表し「CBRとは地域開発におけるすべての障害者のためのリハビリテーション、機会の均等、社会への統合のための戦略である。CBRは障害者自身、家族、地域社会の共同の運動、そして、適切な保健、教育、職業、社会サービスによって実施される」と定義した(2)。
この合同政策方針についてハンドヨ・チャンドラクスマ(3)は「障害者問題はもはや、障害を個人の問題として捉えて、医師対患者という医療から、チーム医療、チームアプローチへと専門職の数と領域を拡大してきた従来の方法だけでは対処できず、障害者問題を社会の問題として対応する方向へと、戦略の抜本的転換の必要性を示唆している」と述べている(4)。リハビリテーションの考え方は、個人の障害だけに焦点を当て、障害の克服、日常生活動作(ADL)の自立を目指すといった医療モデルから、ノーマライゼーションやバリアフリーの考え方に基づいて、社会の変革を前提としたQOLの向上を目指す社会モデルへと転換されてきた。また、近代化、西欧化を目指した外からの金、人、物で支援する外発的な開発、援助が、大きな効果をもたらすどころか新たな依存、従属関係、貧富の格差の拡大、環境破壊など導いたため現在は、地域社会を主体とした内発的発展、成長を支援する地域社会開発、エンパワメントへと援助の方法が変化している。リハビリテーションが、社会的リハビリテーションに重点が置かれ、開発においてはエンパワメントによる問題解決が目指されている今、個人だけでは解決できない障害者問題を、地域住民を巻き込んだ社会開発と関連させて考えていくことは有効であろう。それ故、CBRは地域の資源を統合させて障害者問題を含んだ社会問題を解決することを最終目的としている。
第2節 対象とコミュニティ
CBRの対象者は、障害者、その家族、そして地域社会である。地域社会が障害に関する理解を深め、障害問題の解決の主体としてソフト・ハードの両面を発展させていくことで、障害者は単にサービスの受益者だけではなく、個々の力を発揮し、社会活動に参与していくことが可能になるため、地域社会を対象にすることが大切である。
CBRのコミュニティとは一体何を指すのだろうか。ここでCBRにおけるコミュニティの定義をしておきたい。なぜならば、一般に用いられる地図上の政治的、社会的に引かれた境界線に囲まれた地理的な空間のみを指すのではないからだ。一般的に人は核となる村や区等の地域社会に属すると同時に、学校や会社、女性グループやスポーツグループ、宗教や民族等同じバックグランドをもつ人達の集団等のコミュニティにも属している。そして、町村を行政上の最小単位としてみなすとき、その上部である区や市、県、地方、国にも属していることになる。そのため、ここでは狭義の地域だけではなく、広義の社会を含めてコミュニティとみなしている。個人と家族の社会参加を保障する戦略である以上、障害者とその家族が属することを望み、そして属する権利を持ち、かつ利益と責任を共有する様々なコミュニティに組み込まれることが、プロセスでの重要な目的となるため、障害者を取り巻く社会を広義のコミュニティとみなす必要がある。
では、この限られた資源しかもたないコミュニティでどの様な資源を利用・開発すれば良いのだろうか。CBRの第1の社会資源は地域である。CBRにおける地域のもつ意味は2つある。1つめは、人だ。地域社会の人々はCBRのボランティアになり得るし、職人であれば補助具や特別な道具を作ることが出来る。また、資金や物、時間を提供することも可能であるし、スポーツ大会や団体等障害者が参加できる機会の提供もできる。つまり、障害の予防、リハビリテーション、障害者の機会均等化に必要な条件を満たし、その資源を生み出す基盤として地域を捉えることができる。そのために地域の人々を重要な対象とし、社会教育活動をしたり、障害者に対する肯定的態度を推進する試みが、全てのCBRプログラムで行われる必要がある。2つめは地域社会である。障害の有無に関わらず、暮らしやすい社会構造を地域に造ることが求められる。障害を持つ人も利用できるようにスロープや点字表示等の整備をする必要があるであろうし、その地区の政策で、障害児が教育を受けられるよう奨励されねばならない。そして、可能であれば、この教育は地域社会の子どもと一緒の学校で行われるべきである。また、地区の意志決定機関には、障害を持つ人々が含まれなければならない。CBRの目標の一つは、短期的な専門的サービスを提供することを除けば、障害者がその地域社会の活動に参加することの支援である。そのためにも、これらの変革を地域社会が挑戦する必要がある。家庭が子どもの養育や家族の生活に影響を与えるのと同様の効果を地域社会の環境も障害者やその家族に対してもっている。そのため、地域を第1の社会資源と考えることが出来る。
第2の社会資源は、社会や政治、教育など様々な分野で影響力を持つ人、関連分野全ての制度やプログラムだ。障害には、個人的な機能障害の他に、社会、文化、経済、教育、健康という複雑に絡み合った原因から生じているものがある。そのため、障害者とその家族の状況を変えるには、これらの分野に影響力を持つ人々の参加が必要である。また、保健や教育、雇用創出、貧困撲滅、社会福祉といった関連する全ての制度やプログラムへの参加が、CBRのプログラム開発において求められる。CBRは縦割りのただ一つの分野のみで目指せるものではなく全ての分野が統合して行う必要があるといえる。
前述したように、CBRは小さな地域社会のレベルのみで機能するものではない。また、CBRは方法論であり、特定のプログラムを指すものではないので、その活動形態は、政府、又は社会の様々な段階でそれぞれ実施することができ、多様な部門や機関、そして人々が各段階で資源となれる。そこで次に、各社会レベルにおける参加者、サービス内容についてふれてみたい。
まず村、地域レベルであるが、必要とされるサービスとして障害児の早期発見・療育、家族への訓練方法の指導、自営業開始の支援、総合的・基本的福祉サービス、補助具の開発、地域社会に参加するための援助等がある。これらのサービスがCBRワーカ(ボランティアや障害児・者をもつ親等)、教師、ソーシャルワーカー、保健所、地域社会の長らにより障害者の自宅で提供される。
次に市や県等の中間レベルでは、障害の診断・治療、統合教育、職業訓練、一般の人を対象とした社会サービス・地域の行事・啓発活動等が、一般医、看護婦、ケースワーカー、カウンセラー、教師、職業指導員、役人、助産婦等により行われる。提供場所は、一般の病院や学校、施設である。
最後に専門的レベルでは、整形外科や眼科等での高度な専門的手術、医療、サービスを提供する専門医、リハビリ専門家、特殊教育専門家、そして、政策の策定者、障害者の自助団体等CBRを推進する役割をもつものたちの参加が必要となる。これらのサービスへのアクセスが可能となるよう中間レベルのCBRコーディネーターがリファーラルを行わなければならない。
ちなみに、CBRコーディネーターは、専門的レベルへのリファーラルの他に、障害の判定、中間レベルでの各種サービスの提供、地域レベルのCBR委員会の計画づくりや実行への援助、CBRワーカーの活動の支援とモニタリング、CBRワーカーへの技術訓練、記録作りや報告の方法など運営面での指導等重要な役割を担っている。第3章で後述するNORFILはこの役割を果たしている。
第3節 CBRの歴史的経緯〜国連の動きより
次に、CBRがどの様な歴史的経緯を持ち、世界的な障害者問題の中でどの様な位置づけにあるのかを小林明子の「CBRの歴史的発展のチャート」(5)を参考にみていきたい。
1 地域社会開発とCBRの萌芽期
*戦後約30年
↓
2 CBRの誕生とプライマリーヘルスケア
*1976 「障害の防止とリハビリテーション」採択
*1978 「アル・マアタ宣言」とCBR
*1979 CBR最初のマニュアル発表
*1982 CBR実践の試験プロジェクト評価会議
↓
3 CBRのマニュアル普及と実践の普及
*1983 国際障害者年の行動計画にCBR
*1988 RI世界会議でCBRの分科会設置
*1989 WHOのCBRマニュアル普及版完成
↓
4 CBR実践の広がりと課題の検討
*1993 アジア・太平洋障害者の10年開始
*1994 CBR共同指針発表
*1994 CBR評価に関する会議(インド)
*1995 CBRの課題と将来展望に関する会議(インドネシア)
CBR誕生の背景には、先進工業国に対して徐々に発言権を持ってきた発展途上国の地域社会開発と関連がある。戦後、途上国の開発は西欧の近代化方式を目指し、外から金・人・物を支援する外発的開発、援助がなされてきたが、それは新たな依存や従属関係を生み出す結果となり、また公害問題、環境破壊の進行、貧困・飢餓の世界的問題化、南北格差の拡大等の諸問題が世界で表出した。そして、意味ある開発とは、問題を抱えている人々自身がその問題を解決しようとすることだとする考えがアジア・アフリカ・中南米で活発となり、現在では、地域社会を主体とした内発的な発展、成長を支援する地域社会開発へと変化してきた。
この様な背景の中、1975年国連の経済・社会理事会で「障害の予防と障害者のリハビリテーション」(6)に関する決議が採択された。これは、1970年代までに行ってきた障害者に関するいくつかの決議と採択(「身体障害者の社会リハビリテーション」、「知的障害者の権利宣言」等)と世界人権宣言、国際人権規約、児童権利宣言を踏襲し、身体及び知的障害者の権利を擁護したものである。特に、地域社会開発の考え方から、これまでのサービスの不十分さを、地域の社会資源の有効な活用の視点に立ち、
NGOも含めた既存のサービスの創設や改善により解決しようとした。翌年、これを受けてWHOは「障害の予防とリハビリテーション」に関する総会決議を行い、この中で初めてCBRという言葉を使用した。WHOにより使われ始めた言葉ではあるが、その背景には、経済・社会理事会の障害者の地域社会への統合を目指した地域社会開発があることは重要な点である。
さらに1978年WHOは「2000年までに世界中の全ての人々に健康を」というスローガンを掲げ、健康の増進、疾病予防、疾病の治療、リハビリテーションを要素とするプライマリーヘルスケア(以下PHC)の推進を唱った「アル・アマタ宣言」(7)を採択した。その中でCBRは、障害の予防とリハビリテーションを推進していくWHOの具体的なプロジェクトとして位置づけられた。
そして、1979年CBRに関する最初のマニュアルがWHOより発表され、翌年より3年間それを用いた試験的取り組みがアジア、中南米の9カ国で実施された。最終年、専門家によるプロジェクトの評価会議が開かれ、CBRの有効性が判断された。以後、CBRの普及、拡大を目指し、理論や実践方法、マニュアルの更なる充実と調査研究を強化する方向性が打ち出された。また、同年にでた「障害者に関する世界行動計画」の中に、CBR実践の奨励が勧告として盛り込まれた。この行動計画は、障害者の十年の指針となるもので、障害の予防、リハビリテーション並びに社会生活と開発への障害者の「完全参加」と「平等」の実現を目指すための施策を推進している。そのうち18項目が、地域に根ざしたサービスとしてのリハビリテーションに関すること、61項目が、施設を離れて地域に根ざした生活をする運動の推進について、そして99項目が、リハビリテーション・サービスは地域に根ざしたワーカー等を通して提供可能であることについてふれており、積極的な姿勢が窺える。
1983年よりUNICEF(国連児童基金)、FAO(国連食糧農業機関)、ILO、UNESCO等の協力を得て、CBRの実践は本格的に普及していく。「完全参加と平等」というテーマで推進された国連障害者の十年の期間中、各国の取り組みや障害者団体の活発な交流などの影響もあり、CBRの波及は各国のNGOへも及んだ。また、北欧・西欧の国々では、国際協力としてCBRのプロジェクトの育成に積極的な支援を開始した。そして、1980年代後半頃からは障害者関係の世界会議には、必ずCBRの分科会が設置されるようになった。
1989年WHOが、CBRの実践を普及するための30冊の障害問題別のマニュアルと4冊の指導者用のガイドを発行し、これらは各国の言葉に翻訳された。マニュアルは、専門家でなくとも使用可能なように、簡易な言葉と多くの挿し絵が使用されていたり、必要な時に必要な障害に関する部分だけを持ち運びできるように分冊されている等多くの配慮がなされている。また、指導者用のガイドは、障害者用、教師用、スーパーバイザー用、地域組織用がある。両方とも結果の達成評価表がついており、使用者自身で一定の評価が行える。
90年代になるとますますCBR実践は各国で多様な広がりと積み重ねが行われた。1993年から新たに始まった「アジア太平洋障害者の十年」でも、障害をもつ人に社会活動に参加する完全に均等な機会を与えるための有効な手段の一つとして取り上げられた。それぞれの社会・経済・文化的背景に応じて、また実施主体や規模によりアプローチの方法や内容が多様化してきたため、1994年WHO、ILO、UNESCOが共同でCBRを推進してゆく共同指針を発表した。この指針について、小林は「世界の障害者援助の方向性がCBRであることを再確認し、CBRの定義を整理したこと。そして、この方針を保健・労働・教育の国連機関が協調して推し進めていくことを確認し、世界の国々にアピールをしたという2つの重要な意義が含まれており、これは特に障害者援助の施策が脆弱な途上国政府に対して、総合的な施策を促すためにも重要な意味あいを持った。」と評価している(8)。
現在は、アジア、アフリカ、南米、オセアニア、カリブ諸島など多くの地域で展開されている一方で、CBR実践のリーダーによるCBRの課題や将来展望についての討議の場が設けられるなど、まだまだ開発途上の段階である。
第4節 開発途上国におけるCBRの取り組み
前述のCBRの歴史的背景をふまえ、次は開発途上国、特にアジア諸国における障害者福祉の現状、CBRの取り組みをみていく。
一般に経済力の低いアジアの国々においては、生産能力の低い障害者への政策は一番に取り残される傾向にある。比較的経済力の高いシンガポール、香港、ブルネイを除いた国々が持つ共通課題として小林は「障害者に対する福祉制度の不足、特に重度身体障害・知的障害者への公的な援助の不足、劣悪な環境」をあげている(9)。
では、障害者福祉の制度の整備はどの程度なされているのだろうか。1981年「完全参加と平等」をテーマとする国際障害者年を契機に、障害者問題が緊急にかつ長期的に取り組む必要のある課題としてグローバルな認識が広まった。また、1982年には「障害者に関する世界行動計画」が採択され、障害の予防・リハビリテーション・機会均等化が3大目標とされた。そして、1983〜92年の国連障害者年の十年では障害者問題が全世界に共通する普遍的な課題であることが再認識され、具体的取り組みが進展することとなった。しかし、欧米諸国に比べ、アジア太平洋諸国における障害者施策は、ある程度の進展がみられたものの、障害者をとりまく環境は依然厳しく、立ち後れがみられた。そこで、障害者の十年に引き続いてアジア太平洋地域のみが「アジア太平洋障害者の十年」として国際年の実施を決議した。行動課題として国内調整、法律制定、情報、国民の認識、環境改善(アクセシビィリティ)、教育、訓練と雇用、障害原因の予防、リハビリテーションサービス、福祉機器、自助団体、地域協力の12点を掲げているが、43の加盟国のうち具体的な進展報告がなされたのは限られた国においてのみである。そのため、行動課題別に到達すべき具体的目標を定め、直ちに実施すべきもの、年次ごとに実施を図るものを決めた。ESCAP(国連アジア太平洋社会経済委員会)は、障害問題に関する国内調整機関が国内活動を推進していくのに不可欠な機関であるとして、機関設立を優先事項として掲げている。1997年がその中間年にあたり評価会議がソウルで開催された。前半の評価として、アジア太平洋障害者の十年の意義を各国政府に徹底することが中心であったといえる。その結果として日本をはじめとした各国で、障害者に関する法及び施策の整備が行われ始めた。例えば、タイでは1991年に制定された障害者のリハビリテーション法の「障害の定義と判定」「雇用割り当て」「医療リハビリ等」に関する規則が94年に交付され、また、第八次国家経済社会開発五カ年計画の中に初めて障害者に関するセクションが加えられた。このセクションの作成には障害者リーダーが直接携わるなど大きな効果がみられる。また、インドでは障害者の包括的な法律が成立し、他にベトナム、マレーシア、バングラデシュ、インドネシアでも障害者に関する法律や政策の制定が検討されている。この様な基盤整備がなされる一方で、草の根によるCBRの実施が各国でみられる。それは、制度が整っても、市民がまだ、十分な関心を持っていないこと、また、障害分野へ予算を十分充てられない状況にあるからだ。そのため、従来の方法に比べ低コストで、障害者が実践の主体となることで地域の人々の意識を変革し、地域社会の発展にも貢献するという点で、CBRが注目されるのは当然であろう。更にCBRの利点をあげるのであれば、地域のニーズや状況に対応できる柔軟さがあること、専門職に頼らないので、障害の種類を問わずに支援でき、また、農村地域など広範囲を網羅できること、障害者が日常生活で抱える問題全てにアプローチできること等である。つまり、知識や技術、制度などの面においてトップ・ダウン型の必要性を否定できないが、エンパワメントされた障害者、地域等によるボトム・アップの要素はCBRの発展において更に重要な要素である。
一方で、専門家に管理されて障害者の参加が不十分であること、広がりの展開が遅いこと等が批判として聞かれる。改善の余地の残る中で注目されるのが、多くの経験を持つ先進国からの支援であろう。有効な国際協力として何が可能だろうか。直接援助といった草の根のアプローチは地元NGOや地域住民に任せ、プログラム運営に関わる事への支援が意味ある支援と言えよう。具体的には、現地でのCBRプログラム運営のための資金援助や人材育成だ。地域住民と直接関わるワーカーの養成から、リハビリテーション等の専門家の養成まで様々な人材の育成が必要である。それにかかる費用への援助も一つだ。また、人材育成において、研修生として先進国が受け入れると同時に、専門家の現地派遣も行われるべきである。なぜならば、CBRは地域に適した手段を使う必要があり、画一的なアプローチでは解決できない。そのため、専門家が現地を訪れ、その地域に合った方法を探しだし、その方法に必要な技術を伝達することが効果的と言えるからだ。他に、州や国など政策レベルへの働きかけがある。既に多くの経験を持つ先進国の意見を重視する傾向にあるので、関係者へ的確な助言をすることで、新たな考えを導入することができる。この様な視点から国際協力を進めて行くべきであろう。
第2章 フィリピンの障害者問題
第1節 フィリピンの概要
第1章でCBRについて述べ、障害者と地域の2点がキーワードとしてあげられた。次はこの2点を国の福祉の施策に取り入れているフィリピンを事例として取り上げていく。フィリピンは、日本と同じ島国で、約7100の島からなっている。人口は6800万人で、そのうち860万人が首都マニラで暮らしている。300年以上にわたるスペインの被植民地であったため国民の8割がカトリック信者であり、多くの民間福祉施設がカトリック修道会により運営されている。フィリピン民族は、言語や人種的に非常に複雑な構成をもっている。インド人、中国人、アラビア人などとの混血を経て移住してきた新マレー系を中心に80以上の民族が存在すると言われる。また、言語はフィリピノ語が公用語として普及しているものの、100以上の言葉が使用されており、言葉の問題が少なからず存在している。しかし、19世紀後半スペインに変わってアメリカの植民地になった結果として、フィリピノ語と同様、英語が現在も公用語として使われている。
複雑な歴史的・多様な社会文化的背景を持つフィリピン人ではあるが、家族の絆は強く、両親や年長者に対しての敬意と服従という価値観は共通にもっている。また、認識している家族の範囲が広く、第2いとこまでを身内同様に捉えることがある。子どもは親の扶養を期待されるが、扶養能力がない場合は他の親族が支援するなど、互いに支えあって暮らしている。さらに、都市部では血縁的に遠い親族が拡大家族として生活を共にすることもある。この様な支えあいは、家族の中だけでなく他人との関係の中でもみられる。「心に感じる借り」という価値観があるため、恩を受けた人に対しては、恩返しをするという強い義務感が生じる。また、便宜を受けた者が、便宜を受けた人の困窮時に返礼をしないことは恥知らずとされる。この様な相互扶助を支える価値観が、社会福祉サービスの不足を補っていると言える。
フィリピンも貧困問題を抱えている開発途上国の一つである。94年、政府が規定した6人の標準世帯の貧困線、約1万8千円を下回った生活を強いられた人は人口の約40%にのぼる(10)。また、ユニセフによると、最上層20%の人々が全所得の48%を得ているのに対し、最下層の40%の人達はわずか17%にとどまっており(11)、国内における貧富の格差は大きいと言える。この結果、貧しい人々は教育や保健医療など基本的ニードを充足することが出来ず、就労の機会も制限され、経済発展によりもたらされた富を享受できないと言う悪循環が存在している。これらの問題を抱える人達、特に障害をもつ人に対しどの様な対応がなされているのだろうか。
第2節 フィリピンの障害者福祉の現状
社会福祉、特に障害者福祉における理念、施策の展開をみていく。
1965年「フィリピンにおける社会福祉実践と社会福祉機関の運営を規定するための法」が制定され、ソーシャルワーカーの専門職性が法的に規定された。また、公私社会福祉機関の登録制を定めた。
1968年、共和国法第5416号の中で、それまでの社会福祉部を社会福祉庁に昇格させるとともに、要保護者に対し総合的福祉サービスを提供するという国家責任を法的に明確にした。
1975年大統領令603号「児童・青少年福祉法」では、18歳以下を児童、このうち12歳以上18歳以下を青少年と定義し、児童を、扶養家族としての児童、遺棄された児童、知的障害児、身体障害児、情緒障害児、非行及び触法児童に分類して福祉政策を規定している。
1976年社会福祉庁は、社会福祉・開発庁に改変され、伝統的保護サービスから社会開発に重点を置いた発展志向型の社会サービスを目指した。
1978年、社会福祉開発省(Department of Social Welfare &
Development:以下DSWDと略す)に改変。現在まで政策立案から社会福祉サービスの実施までを担っている。
1987年憲法では、他の条文と並んで、国民の生存と福祉における国の責任を明確にした。また、同年「家族法」が、フィリピンの価値観と伝統という脈絡での結婚と家族関係を強化することを目的に制定された。この中でさらに、男女が平等の社会参加を達成していくことを確認している。
1991年「地方自治法」成立。地方自治体の権限強化及び自治能力の向上を通して、保健、農業、社会福祉、環境保護、人口政策など社会サービスの実施主体を地方自治体に移管し、地域の実情に即した事業実施を目的としている。しかし、地方自治体の政治的意思及び財政力により実施状況にばらつきが生じている。財政的に豊かな大都市では改善がみられるものの、多くの地方自治体では技術面、組織面、財政面、運営面で課題を抱えている。キエタは、「ほとんどの自治体では、社会福祉に関する明確な方向付けすら確立していない。自治体の上層部の中には、社会福祉は政治目的に利用する祝儀と考えている者も多い」と指摘している(12)。
1992年「障害者のマグナ・カルタ」(障害者のリハビリテーション、自己啓発及び自立並びに社会統合などに関する法律)が制定され、障害者を社会の一員として統合するよう、機能回復、自立支援の政策を規定した。
障害者福祉に関連する制度の成立の流れをみてきたが、国・地方自治体が役割分担をして問題に取り組もうとする姿勢がわかる。障害者問題への基本方針を示した法律が確立したのが近年のことであり、この国における障害者問題の優先順位の低さが窺える。
1992年度の政府推定障害者数は640万人で、うち70%が農村地帯にいるとされている。フィリピンの障害区分は、身体、精神、社会的障害の3区分である。身体障害は、内部障害を含まない視覚・聴覚・肢体だけを指し、精神障害では、知的障害と精神病回復者の二つを含んでいる。また、社会的障害として、高齢者、物乞い、元囚人、薬物中毒回復者、ハンセン病回復者を、障害者として定義している。
社会保障費は予算の32.8%で、うち社会福祉予算はわずか0.8%である。そのため、障害分野の事業内容は限定されたものとなっている。教育制度においては、統合教育と特殊教育の両方を実施している。特殊学校は公立で24、民間が70の計94校。統合プログラムを実施している民間団体が12、統合教育を行っている公立学校は11校とわずかであるが、特殊学級をもつ学校は公立で2880校、私立1412校で計4292校にのぼる。他に、公立の特殊教育センターや、寄宿学校、病院学校等がある。(1993年現在)しかし、特殊教育のニードがあったとされる約400万人の児童、青年に対し、92〜93年に公民どちらかの教育機関で教育を受けたのはわずか2%(81、901人)であった。残りは学校に来ていないか、来ていても障害児と認定されず、必要な教育を受けていないと考えられる。次に、職業訓練・雇用についてだが、職業リハビリテーションとして国立リハビリ・センターと、3つの地区職業リハビリ・センターがある。身体障害者、視覚・聴覚障害者、知的障害者、精神病回復者、刑期修了者を対象に、婦人服、紳士服、陶器、シルク・スクリーン、木工、養豚、園芸、点字・手話の指導などを行っている。また、更生障害者工業ワークショップ協会が所得創出プログラムを実施している。社会教育として、毎年7月の第3週を全国障害予防リハビリ週間に、視覚障害者のニードに関する啓発と白杖の社会認知を高めることを目的に、8月1日を白杖安全日に定めている。この様な施策を実施しているのはDSWDである。DSWDの役割は、福祉政策、社会福祉計画及び福祉制度の策定、事業の実施基準の設定と管轄、モニター及び評価の実施、地方行政府への技術支援、直営福祉施設の運営などである。他方、地方行政は、州が州内の調整、災害時の緊急援助及び元反政府ゲリラの投降者への生活支援に実施責任を負い、市や町ではその他の公的福祉サービスの実施主となっている。DSWDが地方自治体に示している障害者福祉プログラムは、機能回復支援と職業訓練の2つだ。機能回復プログラムとは、基本的動作能力を最大限維持・回復を図るため、医療サービスや福祉機器の提供を行うものである。職業訓練は、在宅、又は地域で就労可能な仕事の技術訓練を障害者に対して行うプログラムである。多くが身体障害者対象のプログラムであり、知的障害者への具体的なサービスがほとんど用意されていない。また、都市を中心に対応がなされているものの、地方での施設をはじめとした社会資源の不足、国民の障害への認識の低さ、提供プログラムが限定されている等問題は多い。
第3節 フィリピンでの障害者問題への取り組み
フィリピンでは障害者政策の中心的調整機関としての役割を果たしている全国障害者福祉協議会(NSCWDP)(13)がCBRの発展を支援している。CBRは統合的に障害者問題に取り組む必要があり、それは施策の面でも言えることである。専門分野の壁を越えた協力体制が必要で、一つの省庁のみでなく関係省庁、障害関係団体、特に当事者団体の参加が総合的施策へとつながっていく。そのため、この機関でも健康、教育、労働、司法、交通、住宅、社会サービスなどの担当省庁、関係民間団体、当事者団体の代表者で構成され、各レベルでの障害関係施策を把握できるようになっている。主な活動は、CBRワーカーの訓練にあたる指導者の養成、資金づくりのノウハウを教える講習会の開催、総合的活動計画づくりの基礎となる障害者問題総覧の作成、CBR提供団体へコミュニティで利用可能な情報、技術の伝達、障害者問題の啓蒙(マスコミやその他のメディアの利用、セミナーの開催、啓蒙資料の配布)、障害者問題に関係する全ての分野との密接な協議、広範な各種障害者のニードを満たす行動計画の作成である。
また、社会福祉開発省がマニラを中心にILOの指導のもと、ボランティアが障害者に自営業など所得創出プロジェクトを始める手伝いをするCBRを行っている。保健省も1991年より既存の政府の保健サービス制度に統合化した試験プログラムを実施している。行政によるプロジェクトだけでなく、NORFILの様に国からの補助金を受けて活動している団体もある。
第3章 NORFILによるCBRプログラムの実践
第1節:NORFILの概要
NORFIL Foundation Incorporatedの源流は、1970年代の終わりに地方の貧農の婦人達の自立生活を援助するために設立されたノルウェー婦人のグループにある。1981年に地域婦人団体のプロジェクトに、基金から一定の資金が貸与され、その成功をきっかけに、ノルウェー政府から経済的援助を取り付け、フィリピンとの友好関係に基づき、「地域の家族と開発のため」の事業を開始した。その後、フィリピン社会福祉開発省により利潤追求を目的としない民間の非営利団体として認可され、現在に至っている。
NORFILはIntegrated Family & Community Development(家族と地域を統合した開発プログラム)、Integrated
Family & Child Welfare(家族を基盤とした児童福祉)、 Disaster Management
& Development (災害時の支援と開発)、Community-Based Rehabilitation for
Disabled Children & Youth(障害を持つ児童と青年を対象としたCBR) の4つのプログラムを持っている。これらの事業は1983年にノルウェー王国地域開発協力省に許可され、公的な事業として開始された。そのため、ノルウェーのODAが資金援助を行っている。年間約300万ペソ(約750万円)の予算のうち、半額は、ノルウェーのODAと募金から捻出され、残りは、フィリピン国内の寄付金及び政府の補助金で賄われている。しかし、期限付き財政援助のため、今後の資金対策が問題となっている。ケソン市を拠点に、ブラカン州、パンパンガ州、ターラック州、ラ・ウニオン州、セブ市、リサール州、サンボアンガ市、メトロ・マニラで事業を展開(地図1『奇跡への日日』掲載地図を基に作成 省略)。年間4千家族がNORFILからサービスを受けている。CBRプログラムだけをみると、99年6月現在では計1023名の児童に対しサービスを提供してきた。そのうち345名のプログラムは目標達成により終結を迎えており、それらのケースは現在、親の会であるA-
KAPIN (14)に手渡され、モニタリングがなされている。
第2節:CBRプログラムの目的・サービス内容
CBRプログラムは、1985年知的障害、その他の障害をもつ児童、青年を対象に3番目のプログラムとして始まった。フィリピンでは約640万人が何らかの障害を抱えていると推定される。つまり、地域開発援助を実施するにあたり、子どもや婦人と同様、障害者への援助も必然的に考えられたのである。最終目標は障害者の社会参加と家族や地域のリハビリのプロセスへの参加である。そのための具体的な目的は以下の5つで、サービス提供の方針となっている(15)。
1)自立のために、障害者のもつ能力を最大限引き伸ばすための支援。
2)障害者を抱えた家族、特に両親へ育成に必要なサービスの提供、組織化の支援。
3)障害者を普通の学校や地域社会と融合させるための援助。
4)積極的な関与が行われるよう障害の予防・リハビリの促進と家族・地域の意識の向上。
5)CBRを継続させるためにボランティアやリーダーの養成、促進。
対象者は、障害児・者、その家族、地域住民、そして学校やヘルスセンター、教会といったコミュニティーにある組織である。障害児・者とは、0才から21才までの知的障害、機能障害、身体的障害、先天性異常、感覚障害等の障害をもつものが原則であるが、22才以上でも、麻痺や手足を失った人に対してサービスを行っている。
正規スタッフは、ソーシャルワーカー、コミュニティワーカー等5名で、CBRコーディネーターとして働いている。これに加えて、CBRプログラムの実施に関わっているマンパワーが、理学療法士等リハビリテーション医療関係者、ヘルスワーカー、特殊教育教師、ボランティア、親の会等である。ボランティアはCBRワーカーとして地域住民とCBRコーディネーターをつなぐ役割をもつ。そのため、地域のことを十分把握し、地域住民から信頼されることが大切であり、その地域に住む人がボランティアになることが重要である。また、理学療法士については、フィリピンでは、NGOと社会福祉開発系大学が提携し、学生が実習の一環としてCBRプログラムに関わり、実際にクライエントを持つシステムをとって、経費削減、専門家不足の解消を図っている。特殊教育の教師の数も充分とは言えず、特に手話通訳者がいないため、NORFILが障害児を持つ母親を手話通訳者として養成し、学校に派遣している。これは、聴覚障害児の普通学級への参加を可能にすると同時に、親子のコミュニケーションの促進に貢献している。
次に、NORFILがプロジェクトを行う上で抱えている問題として、障害の発生率などに関する充分なデータが不足していること、農村におけるリハビリテーションサービスの提供可能な数に限界があること、そして、障害を引き起こす環境がひろまっていること、の3項目をあげている。また、実施するために必要としているものは、医者や心理学者、ソーシャルワーカー、作業療法士、言語治療士、理学療法士など専門家によるサービス、CBRを促進するための財政援助、子どもの教育に必要なおもちゃ、学習用具、美術やクラフトなど地域の既存の資源では満たせないものである(16)。これらの問題は地域内で解決すべきというよりも、専門家や国による支援が求められるところである。つまり、NORFILは地域のみに焦点を当てるのではなく、専門的レベル、社会への働きかけもしなければならない。
プログラム展開のキーポイントは、予防、リハビリテーションの提供、機会の均等化である。まず、予防においては、リハビリテーション等事後的なサービスだけでなく、予備的なレベルでの活動も行っている。これは、既存の地域のヘルスセンターと連携して行っている。また、より専門的なコミュニティワーカーの養成や地域で障害の進行を防止するなどの二次的予防も図られている。次に、リハビリテーションの提供に関してだが、地域に住む障害者の70%は特別高度な専門的ケアや施設での保護を必要としているわけではない。むしろ、彼らにとって必要なのは適切でかつ、自分たちで行えるリハビリテーションである。そのため、定期的に理学療法士が家庭訪問をし、経過のチェックと必要なリハビリテーションの指導を家族に行っている。そして、機会の均等化では、障害者が参加の機会を提供され、経済的、社会的、政治的等あらゆる側面で彼らが貢献できるようになることを目指している。NORFILが特に力を注いでいるのが統合教育である。公立小学校への働きかけや、特別学級の設置を行い、障害の有無に関わらず公正に教育が受けられるような体制づくりを行っている。
目標達成のために次のような内容のサービスが提供されている。障害者が自立、他者への依存を最小限にするための援助として、診断・医療援助、教育と治療の提供、社会的サービス(家庭訪問、個別・グループカウンセリング、リファーラル、組織化活動等のサービスを家族へ提供する)を実施している。このうち、教育や治療は、ホームプログラムの形で実施される場合がある。ホームプログラムとは、各家庭で実施するリハビリテーションプログラムのことで、ストレッチや歩行訓練等のリハビリテーションや、読み書き等の自宅学習の指導を行っている。各自の達成目標に沿って立てられた計画に従い、家族が自宅で気軽に実施できるという利点をもつ。経済的援助としては、職業訓練、経済援助を行っているが、就労の場の提供は出来ていない。障害者の社会参加を促進するために、啓発活動(地域に根ざしたでプログラムを開始する際にまず考慮すべきものは地域への対応である。CBRのコンセプトを紹介するだけでなく、これからCBRプログラムに関与するであろう地域のリーダー、役人、そして地域住民から地域の現状を聞くことが出来る。その他キャンペーンなどを実施し、地域住民への理解を求める活動を行っている)、統合教育、特別活動(キャンプやフィールドトリップ、スペシャルオリンピック等)等地域におけるサービスを提供している。家族同士の相互作用を活かして、効果的なリハビリテーションを行うためのグループづくりの支援も重要なサービスの一つで、親の会等のプログラム関係者の組織化の援助、コーディネートを行っている。プログラムを持続可能にするための人材育成においては、訓練を通じて、特殊教育教師やセミナー等を開催できるような人的資源の養成を実施している。
第3節 調査の目的と方法
以上の様なサービスを提供している。サービスは、利用者のニーズに的確に応えるものであると同時に、期限付きの援助のため、当事者にとって今後につながっていくものでなければならない。CBRプログラムの中でサービスを提供する際、また、プログラムを展開させていく上で、NORFILは利用者から何を求められ、どの様な点に配慮すべきなのだろうか。そこで、利用者のニーズ把握とそれに対するNORFILの活動を利用者の視点から評価し、CBRを実践する機関の役割、課題を明らかにすることを目的に、本調査を行った。1999年9月から10月にかけてブラカン州のNORFIL利用者51家族を対象に実施した。調査は、家庭訪問の際に、筆者の作成した質問用紙に沿って、ボランティアやスタッフが家族に対し面接、もしくは訪問留置法の2通りで行われた。主な回答者は母親であり、回答数は51通であった。そのうち複数の障害児を抱えている世帯もあり、障害児数は55人である。質問項目は、受けているサービス内容、今後必要とするサービス、抱えている問題、CBRによる効果、そして、自己実現の最終目標として、利用者がどの様なビジョンを持っているのかを知るために、将来の夢についての計6つを設けた。回答は全て複数回答である。また、実態を把握するために、サービス内容に関する項目以外は記述形式で自由に回答してもらった。
第4節 利用者の抱えるニーズ・問題の調査結果
対象障害児は、性別は男と女が3:2の割合で、年齢は、表1にあるように、就学前の0〜5歳が19.6%、6〜11歳の小学生が43.1%、12〜14歳が13.7%、15歳以上が15.7%であった。次に表2の障害別をみると、知的障害者が59.3%、身体障害者が25.9%、重複障害者が11.1%、無回答3.7%で知的障害が半数以上を占めている。知的障害の種類は、学習障害、ダウン症、自閉症等で、身体障害では、肢体不自由、聴覚・言語障害が多数を占めた。
表1 対象障害児・者の年齢
|
|
|
0〜 5歳 | 20.0% |
|
6〜11歳 | 45.5% |
|
12〜14歳 | 12.7% |
|
15〜18歳 | 7.3% |
|
19〜21歳 | 3.6% |
|
22歳以上 | 3.6% |
|
無 回 答 | 7.3% |
|
計 | 100 % |
|
表2 対象障害児・者の障害の分類
知的障害者 | 知的障害 | 学習障害 | 自閉症 | ダウン症 |
60.0%(n=33) | 34.5(19) | 10.9(6) | 7.3(4) | 7.3(4) |
身体障害者 | 聴覚・言語 | 肢体不自由 | 脳性麻痺 | |
23.6%(n=13) | 14.5(8) | 7.3(4) | 1.5(1) | |
重複障害者 | 心身障害 | 脳性麻痺 | ||
10.9%(n=6) | 3.6(2) | 7.3(4) | ||
無回答 | ||||
5.5%(3) |
「現在NORFILから受けているサービス内容」への回答結果は、表3のとおりで、ホームプログラムが90.2%で最も多く、次いで、教育68.6%、相談54.9%、医療サービス51.0%と続く。児童が多いため、職業訓練は13.7%と少なく、経済援助を受けている家庭も同様に少数であった。サービス利用の継続の妨げとなっていた都市へのアクセスや金銭面の問題がクリアになった事、また、ボランティア等が親身になって関わってくれる点が、ホームプログラム利用の多い理由であろう。教育のサービス内容は、公立小学校やデイケア(幼稚園)へのリファーラルで、学校側の受け入れ体制への働きかけが主である。特殊学級へのリファーラルは多いが、養護学校通学者は1名であった。学校と並行してホームプログラムを利用し、学校でカバーし切れない部分を補っているケースが大半である。機会の提供だけでなく、フォローアップの必要性が窺える。
表3 現在利用しているサービス
|
|
ホームプログラム | 90.2 (46) |
教育 | 68.6 (35) |
助言・相談 | 54.9 (28) |
医療サービス | 51.0 (26) |
リハビリテーション | 17.6 (9) |
職業訓練 | 13.7 (7) |
情報提供 | 13.7 (7) |
経済援助 | 13.7 (7) |
その他 | 19.6 (10) |
表4 政府・NGOに求めるサービス (複数回答)
|
|
ホームプログラム | 72.5 (37) |
ボランティア支援 | 64.7 (33) |
医療サービス | 62.7 (32) |
啓発 | 60.8 (31) |
助言・相談 | 51.0 (28) |
住宅改良 | 47.1 (24) |
専門家養成 | 35.3 (18) |
センター設立 | 33.3 (17) |
ワーカー養成 | 31.4 (16) |
経済援助 | 29.4 (15) |
職業訓練 | 29.4 (15) |
統合教育 | 25.5 (13) |
物資供給 | 17.6 (9) |
リハビリ | 15.7 (8) |
就労 | 7.8 (4) |
その他 | 3.9 (2) |
|
|
経済問題 | 72.5 (37) |
忙しい | 31.4 (16) |
家族の支援不足 | 27.5 (14) |
モラルの欠如 | 23.5 (12) |
友達がいない | 15.7 (8) |
情緒不安定 | 15.7 (8) |
教育 | 11.8 (6) |
健康 | 9.8 (5) |
親戚の支援不足 | 9.8 (5) |
知識 | 7.8 (4) |
アクセス | 7.8 (4) |
子どもの成長 | 3.9 (3) |
学校の協力 | 3.9 (3) |
ヘルパー | 3.9 (3) |
将来 | 2.0 (1) |
無回答 | 7.8 (4) |
一方、NORFILから援助を受けている教育や健康、情報面での悩みは少数であった。アクセスに問題を感じている人も7.8%と少数ではあるが、基本的欲求である病院や学校へのアクセスであるため、見過ごせない問題点であろう。知的障害児を持つ2家族(3.9%)が、他者による障害児の世話を求めている。CBRプログラムに関連する専門家やボランティア等マンパワーの養成・確保、そして、家族をはじめとする社会の理解が求められている。また、少数意見などを参考に、今後開発すべき社会資源として考えられるのは、在宅介護を支援するホームヘルパーやプログラム展開のためのセンター等である。
「CBR導入により向上した点、良かった点」に関する回答結果は、表6のとおりで、子どもの理解・受容が47.1%で最も多い。相談、情報提供という点での役割が最も評価されている点から、この国の情報不足の状況が窺える。次いで、サービス提供による家族や障害児への支援、社会参加がそれぞれ21.2%、家族関係の向上が19.6%、障害児・者自身の成長が11.8%等であった。組織化やセミナー参加等の少数意見や無回答(13.7%)も多く、それぞれのニーズ、問題点が多様であることが窺える。
表6 CBR導入により向上した点、良かった点 (自由回答)
|
|
子どもの理解・受容 | 47.1 (24) |
知識 | 25.5 (13) |
家族への支援 | 21.2 (11) |
社会参加 | 21.2 (11) |
家族関係の向上 | 19.6 (10) |
医療サービス | 17.6 (9) |
物資援助 | 11.8 (6) |
障害者自身の成長 | 11.8 (6) |
組織化 | 7.8 (4) |
セミナーへの参加 | 5.9 (3) |
障害者の役割獲得 | 5.9 (3) |
CBRの理解 | 5.9 (3) |
リファーラル | 3.9 (2) |
経済援助 | 2.0 (1) |
無回答 | 13.7 (7) |
最後に「将来の夢」を自由回答してもらったところ、表7が示すように自立が最も多く62.7%で、自立心の高さが窺える。次いで、統合教育が31.4%、障害の軽減・克服が27.5%、子どもの理解が21.6%であった。政府やNGOに求めるサービスとしては低かった就労が、ここでは19.6%とやや高くなっている。自立と言っても様々なレベルでの自立があるが、具体的には、ADLの向上が62.7%で自立をADLの高さと捉える傾向がみられる。経済的自立が31.3%、いわゆる一般に言う自立である、家族からの独立、家族を築くが28.1%、パーソナリティの発達、つまり親の価値観ではなく、自分の価値観で生きるという意味での自立が18.8%であった。(複数回答)
表7 (自由回答)
将来の夢 | % (n=) |
自立 | 62.7 (32) |
統合教育 | 31.4 (16) |
障害の軽減・克服 | 27.5 (14) |
子どもへの理解 | 21.6 (11) |
就労 | 19.6 (10) |
長命 | 11.8 (6) |
家族への支援 | 7.8 (4) |
医療的ケア | 7.8 (4) |
市民権の獲得 | 7.8 (4) |
家庭を持つ | 5.9 (3) |
その他 | 2.0 (1) |
無回答 | 9.8 (5) |
家庭における問題点として経済面をあげている人が多いにも関わらず、ほとんどの人が政府やNGOからの経済援助はあてにしていないところが興味深い。それよりも、医療面での支援、専門家の育成やボランティアの支援など人材面の充実を求めている。また、地域住民への啓発も渇望している。情報提供は、障害とは何なのか、どの様な接し方をすればよいのか、そしてこれからどの様に社会参加していけばよいのかといった不安を抱える家族への対応がまずは求められる。しかし、情報不足であるが故に生じる問題を防ぐためにも、適格且つ十分な情報を家族だけでなく、地域住民に提供することが肝心である。この点を徹底することで、周囲の理解不足、教育の問題などの改善へと展開される。また、現在抱えている問題15項目のうち、家族の支援の欠如等外的・社会環境に起因する問題は11項目ある。つまり、障害者が抱えている問題は個人の生活の中に存在していると考えられる。決して、個人レベルの問題を解決する経済援助のみが必要なわけではなく、地域で幸せに暮らせるような環境づくりが必要なのである。この点からも地域という、障害者を取り巻く環境を重視すべきことがわかる。障害児を持つ親の教育、訓練システムが大分確立してきているので、次のステップとしてどの様にして地域住民を巻き込むかを考えていく必要がある。方法としてキャンペーン、統合教育、地域住民対象のセミナー、ヘルスセンターを通した教育などが考えられる。
第5節 CBRプログラムへの評価
この調査結果を基に、NORFILの活動が利用者のニーズとどの様に関連しているのかを考察してみたい。
まず、障害者が自立できるように能力を最大限伸ばすための援助であるが、生活の質の向上を含めた広義の自立としてここでは検討してみたい。調査から判断できる自立には、経済的自立、ADLの向上、家族からの自立、パーソナリティの確立がある。経済的自立のための援助として、職業訓練が考えられるが、29.4%のニーズを持つ人のうち現在サービス提供を受けているのは46.6%であり、弱い部分といえる。10年後、多くの利用者が青年となり、今以上に就労のニーズが増えるはずである。仕事は、給与を得るだけでなく、生きがいや役割の獲得の意味を持つため、職業訓練、就労の場の提供について今後考えていく必要があるだろう。ADLの向上に対しては、ホームプログラム、リハビリのサービスが提供されており、引き続き各々にあった計画を立てて、援助をしていくことが必要である。但し、ADLの向上だけが自立ではないという啓発活動、障害の理解も促すべきだろう。家族からの自立・パーソナリティの確立については、家族の障害児への理解、受容は進んでおり、一個人として受け入れようとする傾向がみられる。良い例としては、家庭を持って欲しい、歌手になって欲しい等がある。反面、普通(ノーマル)になって欲しい、誰の手も借りずに生きられるようになって欲しいといった子どもの障害を受け入れ切れていない家族もある。家族と障害児の関係を向上させる関わりが求められる。
次に障害者を抱えた家族、特に両親が彼らを育てるのに必要なサービス、組織化の援助である。まず、サービスの一つとして経済援助が考えられる。7割以上の人が経済面を問題としてあげているが、国全体として貧困の問題があるため、この問題を完全に解決することは困難である。しかし、障害児の育成にかかる費用を国が保障していないので、経済援助が求められるのは当然であろう。リハビリテーションや定期的な健康チェックなどの医療サービスを受けている人は全体の約9割を占めるものの、車椅子などの物資援助を受けたが6名、奨学金を受けているが1名と個別のニーズに合わせた援助はあまり行われていない。但し、政府やNORFILに貨幣的援助を求める意識は低く3割以下である。それよりも、センターの設置や人材育成、医療サービス等の資源やサービス、つまり非貨幣的援助を求める割合が高い。限られた財源であるため、一時的な支援となる現金給付よりもこの様な資源、サービスの充実に力を入れることで多くの人へ又持続的な援助と成り得るため、今後も非貨幣的援助に重点をおいて援助していくべきであろう。
そして、障害者を普通の学校や地域社会と融合させるよう援助する、という社会参加への援助である。教育サービスを受けている人68.6%のうち普通学校の普通学級又は特別学級に通っている子は全体の70%に及ぶ。しかし、学校の受け入れ状況が悪く退学するケースがあるなど学校の受け入れ体制づくりへの関与、また、通学が困難な児童に対するサーポートも地域住民とともに考えていく必要がある。
最後に家族や地域の積極的な関与を促進するための援助だが、これは、親の会「AKAPIN」がつくられ、NORFILのスタッフとともにCBR運営に深く関わっており、高く評価できる。しかし、全体では中心部の人達が積極的な姿勢でプログラム作りや評価などを行っているが、地域レベルでの、近隣同士の関わり合いはそれほど深くなく、集まりがある時などに顔を合わせる程度の付き合いをしている場合が少なくない。今後は、学校の場を利用して、障害児をもつ親、もたない親との交流の機会を設けたり、デイキャンプなどの特別な活動への参加を呼びかけるなど啓発広報活動を積極的に展開すべきだろう。また、20%の人が家族関係が向上したと回答しているが、そのうち半数が、まだ家族の支援が欠如していると感じている。母親の負担への配慮がプログラムの視点に必要である。
次に、NORFILが中間レベルの役割を果たしているか考察してみたい。まず、「障害の判定と適切なリハビリテーションの方法の判断」であるが、障害児・者の発見は地域のCBRワーカーからの通報である場合と、病院からの紹介でNORFILを知るケースもあり、既に障害の判定がなされている事が多い。また、リハビリテーションに関しては理学療法士による判断がなされる。このことから、NORFILは他分野との連携を図り、役割を遂行している。つまり「専門レベルへのリファーラル」も行えているといえる。他に、2名が特殊教育へ、手術等高度な医療を必要としている者4名が専門医へ、3名がスピーチセラピーへ等のリファーラルを受けている。
次に「サービスの提供」においては、86%の人が全体として、もしくは何らかのサービスについて良いという評価をしている。但し、健康面や教育、情報提供については今後の更なる支援を求めており、継続的かつ改善されたサービスの提供が必要である。
「地域レベルのCBR委員会の計画づくり、実行への援助」についてはまず、CBR委員会の機能について触れておきたい。地域社会の障害者に関する状況についての情報収集、障害者のニーズの把握とその優先順位の明確化、特定のニーズに対する活動計画の申請、活動計画についての地域社会との討議と決定、計画遂行のための地域社会の人的支援と経済的資源の動員、定期的経過報告による再プランニングとモニタリングの6つの機能を持っている。これらの機能を委員会が果たせるように援助がなされているのかは、今回の調査からでは判断できないが、地域へCBRを導入する段階での委員会の構成メンバーである地域の長やヘルスワーカー等への説明はなされている。地域での役割を取得できずに不安・不満を抱いている家族にとって、委員会の存在は貴重でる。NORFILが撤退した時にCBRプログラムがうまく機能するように、側面的支援の立場を崩さずに援助していく事が大切であろう。
「CBRワーカーの活動の支援とモニタリング」についてだが、自発性の高いボランティアがワーカーとして活動しているためNORFILからの信頼度は高い。CBRコーディネーターであるスタッフが週一回の地域訪問をし、CBRワーカーとともに家庭訪問をする。その中で日常の活動の様子を窺ったり、CBRワーカーからの相談を受けている。ボランティアの活動に満足している利用者が多くいる一方で、ボランティアへの支援が不十分であると感じでいる利用者は64.7%いる。少人数のため、一人のボランティアにかかる負担が大きかったり、活動への報酬が特になされていないことが問題として考えられる。NORFILは、ボランティアのなり手の少なさを問題として指摘している。この背景として推測できることは、障害への関心の有無だけでなく、時間や金銭面等において地域住民自身の生活に余裕があるかどうかであろう。金銭面がネックになって、活動に参加できないのであれば、交通費(現在も少額だが支給されている。)や報酬の支給が考えられるであろう。しかし、地域住民自身による取り組みを目指すための一つのプロセスとして、ボランティアを位置づける場合には、なるべく自主的な参加を促し、参加レベルの段階をいくつか設ける等参加しやすい体制づくりを整備する程度にとどめるべきだろう。
「CBRワーカーの技術訓練、記録作り、報告など運営面での指導」に関しては、スタッフが地域へ訪問したときに相談・指導を行うとともに、定期的にボランティアを集め訓練を行っている。23%の人がボランティアの活動を評価している。中でもボランティアが深く関わっているホームプログラムの利用者のうち五分の四が継続して利用したいと回答しており、活動が認められていると判断できる。よって、技術訓練の指導は適切に行えているといえる。今後も、ボランティアが意欲的に活動できるような支援がなされることが望ましい。
第4章 今後のフィリピンにおけるCBRの展望
第1節 地域社会と障害者問題
貧困であるという前提で、どの様に障害者が抱える問題を解決していくのか。開発途上国という貧困問題を抱えた国において、何が障害者の問題なのか。学校に行けない、就労が困難、医療が十分提供されない。これらは、フィリピンに住む多くの人々が抱えている問題である。では、障害者が保障されてしかるべきものとは何なのか。障害者問題を解決するには多元的な支援が必要であろうが、大別すると、公正な機会の提供と社会参加、そして、障害者の持つ特別なニーズへの生活支援であろう。この3つを地域において実現するための戦略がCBRなのである。機会の均等化と社会参加を行う上で地域の理解が求められる点から、専門家の支援とともに地域での取り組みも要求される。これは、先の調査結果で当事者が、機能・能力障害に関するものよりも、家庭の経済面はもちろんの事、多忙さ等家庭の状況、そして、モラルの欠如やアクセス等社会環境のあり方を問題点として指摘していることからもいえよう。したがって、地域が問題に取り組むこと、解決能力を持つことは必要である。機会の均等化、社会参加を難しく捉える必要はない。フィリピンは、オープンな付き合いや相互扶助といった価値観、文化を有している。フィリピンの文化を土台に、障害への理解を築いていけばよい。障害者との相互扶助とは何なのか。障害を持つ人やその家族がどの様なサポートを望み、何が返ってくるのかを理解すれば、地域の相互扶助システムに障害者問題も自然と組み込まれていくのではないだろうか。地域が問題解決能力をもつということは、障害者問題だけでなく、地域が抱えるあらゆる問題の解決へつながる。その様な意味で、障害者問題への取り組みは、地域開発の一環といえる。ピーター・コーリッジ(17)は、開発とは「人々が、発展が不十分な原因を理解し、その理解に基づいて自分たちの状況を変革するために働く状態。また、究極的に人々が自分たちの生活を管理できる状態」であると述べている。つまり、意味ある開発とは、専門家が中心となるのではなく、人々が自分たち自身の問題を解決しようと計画、実行することであり、そのためにエンパワメントが必要となってくる。また、障害者の権利を保障した政策、障害をもっていても暮らしやすい地域、社会づくりを目指すことが全ての人にとって暮らしやすい地域へつながることからも、決して益が障害者だけに留まるのではないことが言える。
これらを実現するためにも、やはり、生活支援ばかりに重点をおくのではなく、広報啓発活動を積極的に行い、地域をエンパワメントすることが重要である。NORFILの例では、教育面に限り、機会の均等化、社会参加がかなり達成されているものの、就労に関しては解決の糸口を見つけられずにいる等サービス全体がNORFILと利用者の2者の関係の中で完結することが多く、地域が介入した三角関係にはなりえていない。そのため、周囲の理解が欠如していると多くの人が感じている。新たな資源や機関の開発ではなく、障害の有無に関係なく気軽に交流できる関係づくりが地域開発の第一歩ではないだろうか。
第2節 CBRの課題
以上、NORFILの事例を取り上げながらCBRについて述べてきた。今後CBRを展開していく上で、NGO等CBR実施機関の課題として見えてきたものは何であろうか。人材確保や資金調達等はもちろんだが、何よりも地域へのアプローチ、啓発活動等があげられるだろう。地域へのアプローチの要素として、ケアマネジメント、プランニング、ネットワーク、ボランティアへの支援、コミュニティの形成がある。ニーズにあったよりよりサービスを提供していくために、調査・モニタリング・評価の視点を取り入れながらケアマネジメント、プランニングしていく必要がある。また、限られた期間内だけでなく、その後も必要に応じて相談に応じる等のアフターケアも忘れてはならない。そして、専門レベルやその他のNGOと連携して、限られた資源を有効に利用する努力が必要である。そのためにネットワークの機能を十分活かしていくことが大切である。そして、地域が、直面した問題に自ら取り組むことが出来るような地域づくりの支援を何よりも重視していくべきであろう。それが、障害者の生活の質の向上へとつながっていくからだ。また、新たな展開として、都市のスラムへの対応も迫られるだろう。しかし、農村とは異なったアプローチが必要となる。そのために、調査、研究といった分野への取り組みも積極的に行うことが大切であろう。
活動の評価、CBRが効果的であったかの評価は、障害者がいかに地域に統合されたかが一つの基準となる。社会参加が出来た、周囲から理解を得ていると感じている利用者は、少数である。しかし、変化は起きている。長い目で見守ると同時に、生活の質の、内的側面(自己実現、自己決定、自己受容・自信、安心感等)、環境的側面(住居、教育、就労、余暇、対人関係等)両方の向上に向けて、支援団体だけでなく、地域・当事者自身それぞれの努力を期待したい。
ようやく、最後のページにたどり着き、安堵している。CBRという言葉を知って、一年が過ぎようとしている。99年の2月から3月にかけて約1ヶ月、NORFILで実習をさせていただいた。それは、一つのいい経験で、完結したものと思っていた。しかし、今その経験を生かし、ここにまとめることができ、それが一つの重大なプロセスであったことを感じるとともに、スタッフへお世話になった恩返しが出来たのではないかと思っている。実習では、CBRの魅力を教えられただけでなく、ソーシャルワーカーの仕事を見せつけられた機会でもあった。障害分野に関わる人達は社会福祉だけではない。保健、医療、教育、行政、そして、当事者。あらゆる分野が参加して成り立つものである。その中で、ソーシャルワーカーが確固たる地位を築いて、障害者問題に取り組んでいる姿は、素敵であった。先進国において、特に地域が形骸化しているこの日本において、CBRが有効な方法であるかは疑問である。しかし、多元的な戦略、地域の状況に合わせた取り組み、インフォーマルな資源の活用等、概念として学ぶべき点は大いにあるはずである。この論文の執筆も一つのステップ台として捉え、CBRの展開へでなくとも、何らかの形でこの経験を活かしていきたいと思う。また、途上国においては、さらなる普及、発展を望まずにはいられない。
この一年間、私事ではあるが様々なことがあった。良くも悪くも、私にとって貴重な時間であったといえる。この間、大勢の人に支えられてきた。卒論指導をして下さった原島先生、石川先生、実習だけでなく、今回使用した調査にも協力して頂いたNORFILのスタッフ、ボランティアそして利用者の方々、また、CBRを勉強する貴重な機会を与えて下さったADIの中西御夫妻、そして、友人に心から感謝したい。
《注》
(1)WHOのCBRマニュアルの著者の一人。WHOのCBRコンサルタント
(2)CBR for and with Disabilities;ILO,UNESCO,WHO Joint position Paper 1994
(3)インドネシア・ソロCBR開発・研修センター所長
(4)「地域社会開発としてのCBRと人材育成」;ハンドヨ・チャンドラクスマ、久野研二 リハビリ研究NO.85 p.36-41
(5)中部女子短期大学・国際CBR研究会
「CBRに学ぶ」;小林明子 発達障害研究 第18巻 第3号1996年 p.172-174
(6)国連、社会経済理事会決議1921(第58回会期);「障害の防止と障害者のリハビリテーション」 1975年5月6か採択
(7)WHO&UNICEF「ALMA-ATA」;Primarry Health Care.WHO, Geneve 1978
(8) (5)に同じ p.174
(9)アジア太平洋諸国における障害者を対象とした海外援助の実態;小林 明子 『現代の国際福祉〜アジアへの接近』(谷 勝英編) 第6章・1 中央法規1991 p.267
(10)1997 Philippnes Statistical Yearbook;Manila,National Statistical Coordination Board 1997
(11)The State of the World's Children 1998;United Nations Children's Fund. 1997
(12)アジアの社会福祉;萩原 康夫、中央法規1995 p.181
(13)National Council for the Welfare of Disabled Persons. 1988年より、社会福祉開発省の一機関として障害者福祉の重要な役割を担っている。
(14)NORFILのCBRプログラムに参加している家族、特に母親が会の中メンバー。NORFILの支援を受けながら、親が中心となり運営を行っている。
( 15)Commyunity-based Rehabilitatiion for Disabled Children
and Youth ;NORFIL (NORFILのリーフレット)のプログラムゴールより抜粋
( 16)Philippine Handbook on CBR;National Council
for the Welfare of Disabled Persons 1995 p.55
(17)アジア・アフリカの障害者とエンパワメント;ピーター・コーリッジ 明石書店1999 p.14
《参考文献》
アジアの社会福祉;萩原 康夫、中央法規1995
障害者の社会開発 ; 中西 由起子 久野 研二、明石書店1997
アジアの障害者 ; 中西 由起子、現代書館1996 p.159-184
アジア・アフリカの障害者とエンパワメント;ピーター・コーリッジ、明石書店1999
国際連合と障害者問題;中野 善達、エンパワメント研究所1997
アジア太平洋におけるCBRの取り組み;ハンドヨ・チャンドラクスマ
リハビリテーション研究No.94 1998年3月
機会の平等化におけるCBRの役割;岡 由起子、リハビリテーション研究 No.84 1996年1月
地域社会開発としてのCBRと人材育成;ハンドヨ・チャンドラクスマ 久野 研二、リハビリテーション研究No85 1996年3月
アジア太平洋諸国における障害者を対象とした海外援助の実態;小林 明子 『現代の国際福祉〜アジアへの接近』(谷 勝英編) 第6章・1 中央法規1991
特集「アジア太平洋障害者の十年」中間年を迎えて;丸山 一郎等 ノーマライゼーション 1月号 1997年
Philippine Handbook on CBR;National Council for the Welfare of Disabled Persons、1995
マレーシアのCBRの現状と障害者の生活の実情とニーズに関する調査について;
中沢 健、発達障害研究 第18巻 第3号 1996年
アジアにおけるCBRの実践と日本のリハビリテーション;石渡 和美 発達障害研究 第18巻 第3号 1996年
CBRに学ぶ;小林明子、発達障害研究 第18巻 第3号 1996年
メキシコ西部でのCBRの実践から;デビッド・ワーナー リハビリテーション研究 No99 1999年8月
マレイシアのリハビリテーション・CBRの現状と課題;久野 研二 リハビリテーション研究 No99 1999年8月
世界の社会福祉・3アジア;仲村優一 一番ヶ瀬康子、旬報社1998
CBR その考え方と実践;CBR開発・研修センター、日本理学療法士協会・国際部 1997
Commyunity-based Rehabilitatiion for Disabled Children and Youth
;NORFIL (NORFILのリーフレット)
アジアのCBR展望における障害者の役割;高峯 豊、発達障害研究 第18巻 第3号 1996年
知的障害者の「生活の質」に関する日瑞比較研究 (平成6ー8年度科学研究費補助金研究成果報告書);河東田 博 1998
世界の社会福祉;小島 容子 岡田 徹、学苑社1994 p.59-69
奇跡への日日 シスターテルコのマニラ通信1981ー1987 ;小野島 照子 朝日新聞社 1987