アジアの障害者 ー  障害の原因[1]

    アジア・ディスアビリティ・インスティテート 中西由起子

 現代社会においては、障害は経済的、環境的、物理的、社会的状況が絡み合って起こると言われている。そのような状況をつくり出しているのは、政治的判断によるマクロレベルの決断であり、貧富の差を拡大をから出てきた人為的な原因が障害を作っていると言える。つまり障害の大半は予防可能なのである。

1貧困
 不平等な経済的、社会的環境に個々人の健康状態の悪化が起きる。1960年代、70年代と開発政策は人々の衣食住の基本的ニーズを満たすことを中心としてきた。しかし経済的効率を優先させたグローバリゼーションが、急激な都市化による事故の増加、環境汚染による健康状態の低下など重大な障害の原因を作っている。 [2]
 特に弱い存在である女性や子供は貧困の影響を受けやすい。貧困は栄養不良やきれいな水の不足、不衛生な環境から平均余命に至るまでの子どもの存在のすべての側面を決定付ける。貧困は無数の子どもの予防可能な死の背後の主な原因になり、子どもが栄養不良になり、学校に行けず、虐待され、搾取される理由になっている。貧困の原因や結果としての栄養不良は2歳未満の子どもに特に深刻な影響を与える。幼い子どもの心身に生涯にわたる回復不能の傷を残し、貧しく栄養不良の子どもは呼吸器感染症や下痢、はしかなど予防可能な病気にかかりやすく、必要な手当ても受けられない。 [3]
 貧困の悪循環は一つの世代にはとどまらない。貧困のもとで生まれた女の子は口減らしを意図して早く結婚させるため早婚で、母親としての体ができていない思春期に子どもをもつことが多く、母乳が出ない。栄養不良の女の子は栄養不良の母親になって体重不足の子どもを産む。貧しい所では、一人でも多くの働き手を確保するための障害児の出生の確立も高い高齢出産も行われている。男性が先ず食事の一番良い部分を食べる習慣がある南アジアでは、母親がその残り物の中の最善の部分を息子に与え、自分や娘の栄養を犠牲にしてしまう。貧しい子どもはその親と同様に貧困を次の世代に引き継ぐ可能性が高い。

2栄養失調
 人口の増加に合わせて食料の生産も増え、世界の人口を養えるだけの食料生産が行われている。しかしアジア太平洋の人口の半数が食料不足による栄養失調から障害者となる状況にある。各国の栄養状態を知る目安となるU5MR(1000人当たりの5才以下の死亡率)によると、日本6に対してアジアの後発開発途上国は140 〜200 という高い率を示している。
テレビや雑誌での報道によって、私たちは世界で栄養不良が最も多いのはアフリカであろうと単純に信じている。栄養不足の人の内の大半は南アジアと東南アジアに居住する。特に世界で最も栄養不良が深刻なのは、南アジアである。世界の栄養不良児の半分がバングラデシュ、インド、パキスタンに集中している。
 栄養素の不足は特定の障害を引き起こす。
ビタミンA − またビタミンAの不足は視覚障害を引き起こす。肝油が入ったビタミンAカプセルを配布してこの問題の予防に努めている。
 例えばネパールではいろいろな国からの多くの団体が失明防止のための協力や援助の一環として、申請をすれば眼科診療所には無料で治療用ビタミンAカプセルが配布される。しかし。アジア眼科医療協力会の最近のネパールからの報告を見ても根絶は難しいことがわかる。

 ネパールでは、ビタミン A欠乏から夜盲症、ひいては角膜軟化から失明に至る例が少なくありません。17歳という若さの小柄な青年が片目を失明した状態で診療に現れました。残された眼も角膜乾燥が重篤でした。どうしてもっと早く病院に来なかったのかを尋ねると、さら二時間遠方の病院でかって診療は受けた、けれどもお金が足りなかったのでクスリをもらえなかったのだということでした。私は、眼の状態がかなり危険なこと、そしてこの状態は栄養不足からきていることを付け緑黄色野菜や果物をたっぷり食事でとるよう話しました。そして、眼の治療薬のみならずビタミンAカプセルを手渡しました。このような例にあたると、本当に心が痛みます。 [4]

ヨウ素  
日本のように海に囲まれいつでも海藻が食べられる国とは異なり、内陸国の多くでは特に子供のヨ−ド欠乏症(IDD)が成長の遅れ、学習障害、知的障害、聴覚障害の原因となる。ブ−タンではそのような聴覚障害の男の子たちの典型的な職業は牛飼いで、毎朝各家から預かった牛を町外れの野原に連れていき、夕方またそれぞれに返して歩くという仕事をしていた。予防策として、ユニセフや国際的NGOはバングラデシュなどモンゴルやインドから塩を輸入しているブータンでは自国に食塩にヨ−ドを添加する工場を作り予防に努めている。
その他にビタミンBが不足すると脚気、ぺラグラ、。ビタミンD不足ではくる病、甲状腺腫、鉄分不足では貧血、カルシューム不足によっては骨粗鬆症、貧血が起こる。

3衛生の不備
 水や虫などを含めた基本的な衛生面での改善が、障害の予防にとって重要となっている。水の管理によって感染症は制圧され、感染症を媒介する生物を制御して感染症できる。
 最低限人間の生存には1日あたり5リットルの水が必要としても、水道や下水は普及していないためその確保に苦労している人々は多い。インドの農村では森林の伐採や開発によって近くの井戸や川が使えなくなり、女性や子供が2〜3時間歩いて飲み水を運ばねばならなくなっている。
飲料水の汚染によって、下痢を初めとする病気が伝染する。トイレが完備していないことも、原因となる。下痢は、体力の低下、ひいては途上国の子供の最大の死亡原因になる脱水死につながる。これを防ぐためにORS(経口補水塩) による対策が進められている。これはユニセフなどにより粉末のパックの形で大量に配布され、一リットルの水に溶かせて飲ませる。ORSでなくてもインドなどの地域で食べられているような穀物のスープやおかゆのようなものがあれば、それでもよい。水の成分を云々するより、水が失われ脱水症に陥ることのほうが怖いからである。母親や身近にいる人がORSを作るためのきれいな水」を手に入れるために相当の時間やエネルギーを費やしてしまい、場合によっては水が手に入りにくい為にORSが作れないと判断してしまうことがある。
 家庭で沸騰した0.5 リットルの水に一握りの砂糖と一つまみの塩を入れるだけでも安価な方法でORSと同様のものができる。ネパ−ルではこれを普及させるために一時は、これを簡単な作り方として歌にしてラジオで流していた。しかし、大まかな量でつくるための弊害も指摘され最近ではユニセフのORSパックが推薦されている。ただし開発を担当する人は、ORSを特別なものとして教育することは非常に危険であると警告している。
 粉ミルクを使うことでの弊害も指摘されているが、ここでもきれいな水の存在が問題となる。病院や街角に貼られたきれいに着飾った金髪の母親に抱かれた乳児を使った粉ミルクのポスターに触発されて、母親は子供の幸せな生活を願って母乳が出るにもかかわらず、他の食料を買うお金を倹約してまで無理して粉ミルクを買う。容器の消毒やミルクを溶かすお湯を湧かすための燃料を買うにもお金がいる。お金がなくなると白ければいいと溶かす量を少なくして栄養失調にし、溶かす水が汚染されていて下痢にさせてしまうと言うようなことが起こっている。これが乳児の死亡にもつながる下痢の大半の原因をなしていると分かっていても、日本を初めとする先進国の乳製品会社は途上国で粉ミルクを売り続ける。

4疾病
 ポリオ、結核、ハンセン病、狂犬病、トラコ−マなどの日本では無くなった伝染病による障害もいまだ多い。 特にハンセン病は世界でアジアに一番多い。[5] 特にインド、ミャンマ−、インドネシア、バングラデシュ、ネパ−ル、タイ、ベトナム、フィリピン、中国などでいまだ発生してる。
ポリオはポリオワクチンを運ぶコ−ルド・チェ−ンなどの設備の整備や、接種時期に関しての親への啓蒙教育によって、かなり撲滅されてきた。グッドバイ・ポリオの宣言が出されたラオスでは、昨年は保健省などの政府機関や, 援助に協力したJICA, WHO, UNICEF, Aus AIDのロゴが刻まれているポリオ根絶記念碑が建立された。
 現在ポリオの発症分布が北インドに集中している理由は、最貧層の州での定期接種が低いからである。しかし一見インドより問題が少なそうに見えるバングラデシュ方が発生を発見する機構が充分に整備されていないためポリオの障害者が存在する可能性が高いのではないかとも言われている。また、ポリオ・ワクチンが普及しても、下痢をしている時は吸収されずそのまま排泄されるため、未だポリオが障害発生の原因となるとの報告もある。 [6]
 今大きな問題となっているのがエイズである。アジアでの増え方は世界一であると言われている。特に東南アジアやインドシナの国々で発症が多い。エイズは延命可能、或いは発病を抑止可能である。貧しい国では抗HIV薬が全然買えないので先進国ならばどうにか助け得たはずの命がどんどんと失われている。伝染病との闘いに加えて、エイズの防止にまで力を注ぐ余裕のない国も多い。

5武器と戦争
 
世界では毎日、20以上の武力紛争が続いており、その大部分が貧しい国で起きている。過去10年間だけでも200万人の子どもが殺され、600万人の子どもが重傷または回復不能の障害を負い、1200万人が家を失った。推定では、武力紛争による死者や負傷者の80〜90%が民間人で、その大部分が子どもとその母親である。[7]
 戦争による障害は、砲弾、地雷、枯れ葉剤などの武器による直接的原因の他に、栄養不足、それによる疾病の流行、精神病など間接的なものもある。砲弾による視覚障害や脊髄・頸髄損傷、地雷による下肢の切断、枯れ葉剤による手足の奇形や知的障害などが典型的な例である。戦争が終了しても、それによる障害の発生は終わっていない。
地雷 − 対人地雷の被害者の大半は兵士ではなく、民間人である。対人地雷は人を殺すのではなく、障害を負わせることを目的としている。撤去には製造費の100倍の経費がかかると言われている。そして撤去している間にも別の地雷が埋められていっている。アジアではアフガニスタン、カンボジア、イラン、ミャンマー、ベトナム、ラオスに地雷がうめられている。
 「地雷廃絶国際キャンペーン(ICBL)」を代表して1997年ノーベル平和賞を受けたカンボジアのトゥン・チャンナレットは、次のような状況で1982年に両足を失った。

我々のグループは地雷原を横切ってきて、さらに目的地の途中まで行くように命じられました。そこで私は地雷を踏んで両足を負傷しました。他の兵士たちは、軽傷の人たちを助けるために退却し、私は森の中で一人死ぬに任せて放置されてしました。その後、私を発見した偵察部隊の兵士に斧を渡すように頼みました。足の重荷を断ち切って生き延びるために、自分自身の手で片足を切断し、引きずるように地雷原を抜け出しました。ハンモックに入れられ、カオイダン難民キャンプに運ばれてきた時、危険なほど大量の出血をし、私は生死の境をさまよっていました。気がついたとき医師が目に涙をためながら、もう一方の足も切断しなければならないと言いました。4ヶ月入院後、2ヶ月をリハビリに費やしました。そこで竹の義足を使って再び歩くことを学びました。しかし、爆発によって足の奧深くにくい込んだ地雷の破片は私に厳しい痛みを引き起こしました。その痛みによって私は、残りの人生を車いすで過ごさなければならないことを悟ったのです。希望を失い、サイト2難民キャンプでイエズス会難民サービスのキケさんとジェブさんに会い、多くの技術を学びました。 [8]

ダイオキシン ー ベトナム戦争でダイオキシン(枯れ葉剤)はエイジェント・オレンジやエイジェント・パープルとも呼ばれ、発ガン性があり、生まれてくる子に奇形が出る。食べ物連鎖の形で人の口に入る。被害はベトナム人兵士だけでなく素手で触っていた米兵自身やその家族や、道路補修など戦後復興に出ていて浴びた人だけでなく、建設隊として貧しい村から来た人が帰ってから気づくこともあった。彼らは今も被害に苦しみ、生まれてくる子供には先天的な障害がみられる。 [9]
 ダイオキシンは今後もベトナムで何世代にも渡って影響を及ぼすという。ホ−チン市のツ−ズ−病院でのシャム双生児の出産率では、世界平均の1万人に一人より高い千人に一人の割合である。

6急激な現代化
 急激な環境の変化は事故の増加や、アルコール依存症、うつ病などの原因となっている。
交通事故 ー 急激な都市化で交通事故が増え続けている。途上国の交通渋滞の中でよく目にするのは、家族全員が乗ったオ−トバイが停まっている車をすり抜けて行っている光景である。運転する父親の胸とハンドルの間に子供二人が座り、母親は子供を背負って夫につかまっている。また暑い気候のため風通しをよくするためか、できるだけ乗客を詰め込むためか、ドアのないバスに、ステップに片足をかけてでも乗り乗客の姿を見るのもこわい。乗用車を持つことがゆるされる一握りの上流階級が、インドではクラクションを鳴らしっぱなしで、すごいスピ−ドで走り抜け、歩くしかない貧しい人たちは道の端に追い払われる。
労働災害 ー 未熟練労働者や児童の労働者による労働災害も増えている。安全策を取っていない工事現場で働かされたり、要求される高度な技術の訓練や、細心の取扱いを要求される薬品に対する知識をあたえずに働かせるために、事故は起きる。都会に出てくる出稼ぎの人は引きもきらないので、人の命は軽視され、死亡に対する補償が万が一あったとしても、わずかな額である。
       農作業の機械化も障害の原因となっている。手動で機械を動かしていた時には、問題が起きたならばすぐに農民は自分でスイッチを切ることが可能であった。さらに機械化が進んだ現在では、 制御装置は手が届かないところにあるか、監督者が常に待機していない等の理由で、ちょとした事故が重度の障害につながりやすくなっている。

7医療の不備
 途上国では患者に対する医療関係者の扱いが悪く、治療を受けても障害が残るという事態にもなっている。
アジアの大半の国では健康保険制度はあるが、公務員と一部の企業以外医療保険は使えない。農家は健康保険に入ることができず、医療費を全額払わなければならない。貧しい人は検査や治療が必要でも病院にかかることができないという現状があるインドネシアなどでは、低所得者の人はせっかく病院に運び込まれてもすぐに退院せざるをえない。 また病人をもっともケアする立場にある看護婦は、高等教育を受けたエリート階級に属する女性であるので、プライドが高い。別の見方をすれば、インドやネパール、インドネシアではカースト制の影響とも言えるが、彼女たちは貧しい住民の立場にたった見方ができない。そして患者や家族を指導するだけで、排泄物の処置や器具の片付けまでも家族にさせている。 [10]
またせっかく医療が受けられても、骨折での切断、ギブスがきつくての麻痺、ギブスの中での化膿をが起こる。医療の貧しさゆえに、不必要に障害者となった人がいる。 [11]

8その他の原因
 最近では、先進国で禁止されている食料品や医療品の途上国での販売も障害の原因としてあげられる。
 また文化的原因として、バングラディシのように難産で出産が長引く場合、せっかく医師が見つかってもほとんど男性で、立ち会うことができない。農村では訓練を受けた助産婦の数も少なく、自宅で近所の年長の婦人が赤ん坊を取り上げ緊急事態には対応できない。また同じカ−ストの中でしか結婚できなかったり、上流階級の人たちが自分の一族やその財産を守るために、いまだに行っている近親結婚も、知的障害を初めとする障害の原因である。
 21世紀には、アジアの途上国は日本がこれから迎えようとする人口の高齢化を同じく経験することになる。これは多くの高齢障害障害者を生むことになる


[1] 福祉労働、9附、2002年3月に掲載されたものである。
[2] Yutaka Takamine, ESCAP presentation made at the DPI 19th Leadeship Training Seminar on 8-12 jan. 2002 at Phnom Penh, Cambodia
[3] ユニセフ、2001年世界子供白書、ユニセフ日本事務所/日本ユニセフ協会、2000年、p.30
[4] 呉雅美、「呉先生からの便り」、AOCA 事業報告、No.25, 1998年6月、アジア眼科医療協力会
[5] ネパールでの失明原因は、日本ではほどんど見られなくなった病気(トラコ−マ、重度の角膜炎等)や日本では治療可能な30歳以上では老人性白内障が多い。(阿由葉綾子、第87回アジア障害者問題研究会での報告、1998年10月)
[6] 岩本直美、「バングラデシュの障害児」、第62回アジア障害者問題研究会での報告、1996年8月3日
[7] ユニセフ、同上、p.32
[8] 1997年11月17日シニアワーク東京での来日講演会のちらしより
[9] 富山栄子、第105回アジア障害者問題研究会での報告、2000年4月1日
[10] 国際協力事業団青年海外協力隊事務局、「看護婦退院の活動アンケート2 アジアの地域で病院で」、クロスロード、協力隊を育てる会、2001年6月、37巻426号、33-40頁
[11] 吉田美穂、第85回アジア障害者問題研究会での報告、1998年8月


     (2003年5月18日)