アジアの障害者 ー  障害者の機会の均等化をするめる法[1]

    アジア・ディスアビリティ・インスティテート 中西由起子

初めに
 現在、国連を中心に障害者の権利条約づくりが進められようとしている。今開催中の国連総会で多くの国がこの動きを支持すれば、「障害者の機会均等化に関する基準規則」を基盤とした草案づくりが始まる。しかし、アジアだけに限って見てみても、政府の政策は政府の都合が優先され障害者の権利は往々にして無視されている。そのような国々までもが加わって例え総会で条約が採択されても、批准されなければ絵にかいた餅である。「子どもの権利条約」の例からも分かるように、批准のプロセスが最大の難関となっている。
 アジアには障害者の権利を保障する以下のような法律が存在している。問題は、それが十分に施行されていないことにある。

各国の法律の概要
<インド>障害者(均等機会、権利保護、完全参加)法(1995)
中央調整委員会・州調整委員会の設置、障害予防と早期発見、教育、雇用割当制、アファ−マティブ・アクション、アクセス、研究と人材開発、重度障害者施設、障害者のためのコミッショナ−、社会保障に触れている。
他に、インド・リハビリテーション評議会法(1992)、全国障害者金融・開発法。
<インドネシア>障害者法(1997)
障害者の権利と義務、均等な機会の保障、リハビリテーション等の施策、一般国民の支援と役割、違反の際の刑罰や行政制裁を含んでいる。
<カンボジア>
(本年7月に草案が完成し、 社会問題・労働・職業訓練・青年更正省に引き渡された。2003年までに成立されるべく、法律専門家と障害者団体代表等との話し合いがすすんでいる)
<韓国>障害者福祉法(1981年心身障害者福祉法を1989、2000年に改定)
障害には「障碍」の字をあて、上肢、下肢、体幹、視覚、聴覚、平衡機能、言語などの障害を1〜6級に分類している。罰則規定を伴わないが差別の禁止、5年毎の実態調査、中央と地方においての3分の1以上を障害者で構成する障碍人福祉委員会の設置、障害者団体の保護・育成などを含む。
他に特殊教育推進法(1977)、障害雇用促進法(1990)、建築に関する老人妊産婦、障害人などの便宜促進に関する法律(1997)
<シンガポール>(障害者に関する特別な法律はない)
<スリランカ>障害者権利保護法(1996)
中心は協議会の任務や権限に関してではあるが、障害者基金の設立、団体の登録の規定の他に、差別の際の裁判による解決が保障されている。
<タイ>障害者リハビリテ−ション法(1991)
障害者リハビリテ−ション委員会の設置に関する条項が中心ではあるが、障害者基金の設立障害者の登録制度の確立、官公庁や民間企業での障害者の雇用割り当て制度、公共建築物や公共交通における障害者のアクセスにも触れている。
他に、社会保障法(1990)
<台湾>心身障害者保護法(1997に改正)
障害者福祉法を改正したものであり、身心障害者を明確に定義し,類型に漫性精神病患者を加えて14種に調整した。なお,医療とリハビリテーション・教育を受ける権益・就業の促進・福祉サービス・福祉機関・罰則に分けて大幅な修正がみられる。
<中国>中華人民共和国障害者保障法(1990)
日本の心身障害者対策基本法に近く、概念中心である。その目的は、障害者の権利保護、事業の発展、社会参加の保障、社会の物資文化の成果の享受である。法では、障害とは視覚、聴覚、言語、肢体、知能、精神及びそれらの重複の障害であると定義している。
他に都市の道路と建築物のアクセスのデザイン令。
<ネパール>障害者保護福祉法(1982)
尊厳をもって生きる権利、教育と訓練をを平等に受ける権利、保健と治療の設備の提供、雇用での昇進と賃金の平等、25人以上の従業員を雇用する事業所での5%以上の障害者雇用、飛行機やバスなどの運賃割引、障害者雇用での企業の所得税の減額、障害者用輸入機器の税金の減免、ホ−ムの建設、ハンセン病者や精神障害者の保護規定、障害者保護のための罰則など25項目が規定されている。しかしいまだ実施の際の条例が整備されていないままになっている。
<パキスタン>障害者(雇用とリハビリテ−ション)政令(1981)
障害者の雇用とリハビリテ−ションを保障する。
<バングラデシュ>障害福祉法(2001)
大半を国の障害者福祉調整委員会及びそれに連なる地方レベルの委員会についての規定にあてている。
<ブータン>(障害者に関する特別な法律はない)
<フィリピン>障害者のマグナカルタ(1992)
障害者を社会の一員とし、彼らの全面的幸福や社会的統合への国家の充分な支援、社会での同様な権利、政府の関心事としてのリハビリテ−ション、国家による障害者の福祉促進の際の民間部門の役割の認識と民間部門との協力の奨励、障害者の尊重の擁護と推進、社会統合を阻止する全ての障壁の除去を、原則としている。
他にアクセス法(1982)
<ベトナム>障害者に関する政令(1998)
政府の障害分野の意思を明確化した画期的法律
<マレーシア>(障害者に関する特別な法律はない)
<ミャンマー>(リハビリテ−ション専門家と政府関係省庁が、国家評議会による国立障害者会議の設立、障害予防、障害者の登録、医療リハビリテ−ション、職業訓練、教育権、人道的援助、労働権についてふれている障害者法案を起草、現在第4草案が準備されている)
他に障害者雇用法(1958)。
<モルディブ>(障害者に関する特別な法律はない)
<モンゴル>障害者社会福祉法(1998)
労働能力を完全に失った障害者のいる最低生活水準以下の家庭には社会福祉基金より以下の助成を規定を含む。
<ラオス>(障害者に関する特別な法律はない)
<香港>障害差別禁止条例(1995)
雇用、宿泊、教育、労働組合やクラブへの参加、施設へのアクセス、教育・スポーツ活動へのアクセス、商品やサービスの提供、施設の提供に及ぶ。また、障害者やその同伴者に対する差別、嫌がらせ、中傷を禁止している。以前からあった機会均等委員会(EOC)の管轄を広げて、障害を理由に本人またはその仲間に対して差別することも禁止している

法律の分類
 インドの視覚障害の弁護士S. K. ルンタがESCAPの法律集のために行った障害者に関する4つのカテゴリーに別れた分類を基に、上記の法律を考察してみたい。
1)福祉法
 医療リハビリテーション、施設収容、障害者手当てに関する規定を含んではいるが、単に医療やリハビリテーションは行った方が良いとしているだけである。この法律では障害者は地域社会の一員として貢献できるとは見なされていない。病人というイメージに近い扱いであり、それゆえ医療リハビリテーションと福祉手当ての支給が重視される。例えば、韓国の障害者福祉法、バングラデシュの障害者福祉法がこれに該当する。
2)サービス中心法
 教育、職業訓練、雇用、リハビリテーションなどの特に障害者を対象としたサービスについて述べている。そして策定されたサービスの実施、維持、管理の法的枠組みや経済的基盤を規定している。障害者の可能性を認め、それを支援するために特別なサービスが必要だとしている。
 日本や韓国の障害者雇用促進法がサービス中心法とみなせる。タイの障害者リハビリテーション法でも、リハビリテーション基金によって医療リハ、教育、福祉機器を提供するとしているので、これに該当する。
3)自立促進法(能力開発法)
 障害者が社会に統合されるよう、福祉機器購入の補助、学費や職業訓練費の補助、交通費の割引、資金の貸しつけなどの制度を規定し、障害者の機能、能力を高めることを目的としている。これは、障害者を非障害者のように社会の発展に貢献しうると考え、生活のさまざまな面で平等に活動できるような自助具の援助等の積極的な支援策を講じ自立を促進する状況をつくろうとするものである。
 日本の障害者基本法やハートビル法はこの一例であり、アジア太平洋障害者の十年期間中に誕生した多くの法がこのカテゴリーに属する。中国の障害者保護法では、国家、行政の各レベル、中国障害者連合会、障害者の家族の責任および障害者本人の義務を明記している。その中には、リハビリテーション、教育、訓練、雇用、文化的生活、社会参加を進める条件整備が入っている。パキスタンの障害者(雇用とリハビリテーション)法、フィリピンのアクセス法、韓国特殊教育法がこれに該当する。インドの障害者(均等機会、権利保護、完全参加)法は、障害者の権利侵害や障害者のための法、規則、指令、ガイドラインの不履行に対する訴えの調査ならびに関係当局との討議という任務を主席コミッショナーに与えるに留まッているので、権利法ではなく
4)権利に根ざした法
 障害を理由とする差別から障害者を守り、差別を防止する手段を講じ、差別された際の補償の方法に関して明記している。この法では障害者は非障害者と同等の市民権を有する存在と認められ、当然基本的人権や尊厳は法によって守られるべきであるとする。つまりサービスは権利と見なされている。香港の障害差別禁止法やフィリピンのマグナカルタ法、インドネシアの障害者法が権利法と言われている。実施されず有名無実となっていたネパールの障害者保護福祉法も含まれる。

終わりに
 21世紀への課題としては、先ずアジアの国々での福祉法、さらに権利法の制定と、国連での障害者の人権条約の採択が上げられる。
アジアの多くの法律が長い年月の討議を経て制定されている。中国においてさえ、障害者保障法は1985年の起草から1990年12月28日の全国人民代表大会での可決、91年5月15日に施行されるまで、6年を費やしている。もっとも長期の取り組みが必要であったのはタイで、政府の諮問機関による障害者リハビリテ−ション法を起草したのが1979年であるので、1991年10月25日に最初の障害者に関する法令として立法化されるまで丸12年かかっている。スリランカの障害者たちが制定を要求したらすぐできたと言われる「障害者権利保護法」においてすら、約5年の歳月が費やされている。最も新しいバングラデシュの障害者福祉法でも最初の法案が作成された1992から2001年まで、9年の歳月を費やしている。日本でもADAと同等の権利法、JDAの立法化を進めようとする動きがある。民間主導で始まったこの運動は、実現までは同じく長い道のりを必要とすると思われる。
立法化に時間がかかろうとも、タイ、インド、スリランカ、バングラデシュ、そして現在検討中のカンボジアでは、障害当事者団体が草案づくりに関与している。政府が障害者の参加の権利を認め始めたため参加が可能となり、また障害者運動の中で権利の意識が育ち始めたがために参加した団体代表は寄与できたのである。
 冒頭に述べた国連での、障害当事者団体を中心とする国際NGOの働きかけによる人権条約の制定においても時間はかかると思われる。条約策定が「障害者の機会均等化に関する基準規則」をベースとしても、少なくとも数年にわたる草案づくりは必要となるであろう。国連総会で採択されても、各国が批准しなければ効力はない。
 スローガンとしての人権思想は障害当事者の働きかけもあり、アジアの国で育ちつつある。それゆえうまく行けばで今後10年程のうちに全てのアジアの国に総合的な障害者法が制定され、21世紀は障害者の人権の世紀であることが証明できるのではないかとの希望も感じる。その際の最大の問題は、各国の実施へのコミットメントである。リハビリテーション法推進のために、雇用に関する省規則1号、障害の定義に関する2号、登録障害者の権利に関する3号を相次いで策定したタイ政府は、その意味でモデルと言えよう。

参考文献
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Bao, On Tuan. (2001) "Overview of disability in Vietnam and support from the Government", Paper presented at the Leadership Training Seminar for Disabled People organzied by DPI Asia-Pacific Regional Council in August 2001 at HCNC
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中西由起子 (1996) アジアの障害者、現代書館
リュウン、フレッド (1999)「カントリー・レポート」国際シンポジウムー視覚障害者の社会参加を考えるー報告集及び結成50周年記念講演、pp.13−17、京都府視覚障害者協会、国際シンポジウム実行委員会
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UN ESCAP (1995) Legislation on Equal Opportunities and Full Participation in Development for Disabled Persons: A Regional Review, New York


(1)「アジアの障害者 ー 障害者の機会の均等化を進める法」、福祉労働、2001年12月、93号、154-160頁、現代書館 に掲載された。


     (2002年2月14日)