ラオスの障害者の状況と新たな動き〜障害者権利政令の起草と障害者からの新たなイニシアティブ

第192回アジア障害者問題研究会
2007年12月1日
元ラオス労働・社会福祉省政策アドバイザー 中村信太郎


*2004年7月から2007年8月まで、JICA長期専門家としてラオスに派遣され、労働・社会福祉省政策アドバイザーを務める。
 カウンターパートは労働・社会福祉省、ラオス障害者協会(LDPA)、ILOやユニセフなどの国際機関、ハンディキャップインターナショナルなど国際NGO、アジア・太平洋障害者開発センター(APCD)や日本の障害者支援NGOなど。
 ラオスでの3年1ヶ月間、省職員の能力開発、労働・社会福祉長期計画の作成などの行政支援、障害者の権利に関する政令起草などの法制度支援、ラオス障害者協会の支援、若手障害者の草の根活動支援まで多岐にわたる活動を行う。
*ラオスという国
 (1) 地理的条件及び人口 − 東南アジアにある内陸国。本州とほぼ同じ面積の国土に北海道とほぼ同じ約570万人が住む。山がちな国土であり、多くが南北に流れる大河メコン川及びその支流を中心に住む。本州とほぼ同じ大きさの国土に北海道とほぼ同じ人口。人口の70%以上が農村部に居住。人口の20%以上が道路アクセスのない村に居住。人口の約40%が15歳未満。65歳以上人口は約4%。合計特殊出生率は全国レベルで4.5(2005年国勢調査)
 (2) 社会的・文化的条件 − ラオスでは、伝統的に障害者が差別の対象になりがちであった。家族も障害者を表に出したがらない場合も多く、そのことが教育、就労等障害者の社会参加を阻む要因ともなっている。一方、仏教国であるラオスにおいては、寺院が社会的弱者に対する施設として機能してきている。しかしながら、寺院によるケアは慈善ベースであり、権利に基づく福祉ではない。
 (3) 経済的条件 − ラオスは最後発国に位置づけられ、一人あたりGDPは606米ドル(2006年ラオス政府による推計)。8割近くの労働力が農業に従事。農業及び製造業においては身体的障害が大きなハードルになりうる。また、障害者の就労が比較的容易と思われる事務職についても、教育へのアクセスが限られていることから、障害者にとって不利な状況。
 (4) 政治的条件 − ラオスは1975年の革命により一党独裁体制を確立。80年代より市場経済を導入するものの、政治体制は社会主義。国内NGOは政府による承認が必要。現在のところ全国レベルの障害当事者団体は2つのみ。 政府が国内NGOの運営に大きな影響を及ぼしている。こうした政治環境の中では、当事者団体と政府とが密接に協働することが重要。このことはラオスの社会環境の中では、必ずしも政府による障害者の圧迫を意味しないと思われる。政府の規模が小さいことや、人間関係のネットワークが密であることから、他の国に比べて当事者団体と政府との協働が容易であると思われる。
*障害者数の状況
 障害者数は約7万人とされている。(2005年国勢調査結果)7万人は人口のわずか1.2%にすぎず、実態を反映していない可能性がある。背景としては、
 − 障害、障害者の定義がないこと
 − 選択肢に知的障害や精神障害、内部障害が明記されていないこと
 − 家族があえて報告しなかった可能性があること
 − 軽度な障害は報告されていない可能性があること
などが考えられる。
 障害種別としては肢体不自由が約4割、聴覚・言語障害が約3割、視覚障害が2割弱。
 障害原因は、先天性が約4割、疾病によるものが約3割、事故が2割弱。
*ラオス政府の取り組み
 障害者対策は今のところ保健省障害者リハビリテーションセンターが中心。
 日本のNGO「AAR」を含む国際NGOの支援を得て、障害者に医学リハビリテーション、補そう具や車椅子の給付。ハンディキャップ・インターナショナルの支援を得て国内ビエンチャン県などでCBRを実施。タイのカトリック系NGOの支援を得て国内3箇所で障害者職業訓練校を運営。
 労働・社会福祉省は戦傷者対策が中心であり、手当や家屋、車両無税輸入権の給付など。一般障害者に対してはLDPAの監督・指導、外国NGOからの車椅子や靴の配布など。
 各省横断的な組織として「国家障害者委員会」があり、事務局は労働・社会福祉省内に設置。委員会の構成員は労働・社会福祉大臣、保健副大臣、外務省及び国防省。現在教育省等を新たな構成員とすべく規則改正中。
*当事者団体の取組み
 最近まで、ラオス障害者協会(LDPA)が唯一の全国レベルでの障害者団体であった。今年7月現在、11支部(県単位で設置。)に4,000名を超える会員。様々な国際NGOからの支援を受け、障害者への情報提供、障害者の権利に関する普及啓発、障害者に関する法制度の開発や権利の擁護、障害者の能力向上などの活動を行っている。
当事者団体の取り組み − 障害者権利セミナー及びラジオ・リスニング・クラブ活動
 − 障害者権利セミナー 障害者の権利に関する研修をラオス障害者協会会員、政府職員、マスコミなどに実施。講師は外国から招聘した専門家及び訓練を受けたLDPA本部職員。セミナーでは国連障害者権利条約や障害者に関するILO条約、琵琶湖ミレニアムフレームワークなど国際的な枠組みなどを講義。さらに、LDPA本部職員は支部職員及び県職員などに研修を実施。
 − ラジオ・リスニング・クラブ活動 ラオス国営ラジオの協力を得て、LDPAが毎週日曜日に30分間の放送枠を確保。
LDPA本部職員がラジオ番組を制作し、全国に放送。支部会員たちがラジオを聴き、感想や意見などをテープに録音して本部に送付。
LDPA本部は支部に対しあらかじめラジオ・テープレコーダーを配布。この活動に関する財政的援助はイギリスの国際NGO「パワー・インターナショナル」、オーストラリア海外援助庁(AusAID)から得ている。
*当事者団体と政府が連携した取り組み〜障害者の権利に関する政令起草プロジェクト
 2005年6月、アジア太平洋障害者開発センター(APCD)代表団がラオスを訪れた際、労働・社会福祉省より障害者に関する法制度についての協力の要請。
 2006年1月、最初の障害者法制度セミナーをビエンチャンにて開催。主催は労働・社会福祉省とLDPA。APCDとJICAが後援。
 2007年1月、起草委員会が編成される。構成員は、労働・社会福祉省官房次長、戦傷者・障害者局次長、労働局職業訓練課長、国家障害者委員会事務局長及びラオス障害者協会会長、会長付。ラオスの法曹界に幅広い人脈を持つラオス人法律専門家をアドバイザーとして雇う。
 2007年3月、第2回の障害者法制度セミナーを開催。主催は労働・社会福祉省及びLDPA。後援はAPCD、JICA、UNDP。リソースパーソンとしてタイ政府の障害者施策担当者、ベトナムの国家障害者調整委員会副会長、ラオス外務省条約局次長。
 2007年5月から6月にかけて、起草チームでラオスの国内3地域で障害者の状況を調査。
 2007年7月、起草チームがベトナムの障害者法制度及び施策の状況を調査。起草チームは2,3週間ごとにLDPA本部で会議を開催し、政令の枠組みや内容について議論。条文は障害者に関する国際的な法的枠組みや施策枠組み、諸外国の例を参考に起草された。
 2007年11月13-15日、最終案の討議のためナショナルワークショップを開催。障害者雇用率を具体的に定めるべきとの意見など、出された意見をもとに必要な修正が加えられ、労働・社会福祉省に提出されることになっている。
 本プロジェクトの資金援助はオランダ大使館が行った。また、ワークショップの開催やベトナム調査旅行等については、JICAの資金やオーストラリア海外援助庁の資金も使用。技術的援助はラオス人法曹専門家、労働・社会福祉省付JICA長期専門家、LDPA付VIDAボランティア及びAPCDが提供。起草過程において、UNDPやILOなどの国際機関も起草チーム及び政府関係者等に対して国際的法制枠組みについてセミナーを開催。
*障害者の権利に関する政令草案の概要
 第1章「総則」:この政令の目的、障害者の定義、主要な用語(合理的配慮等)の定義、政府の責務、障害者に対する社会の責務、国際協力等
 第2章「障害者の権利」:法の下の権利の平等、政治的権利、社会・文化的権利、家族に関する権利、女性障害者の権利、障害児の権利、請願・苦情提出の権利に関する平等
 第3章「予防、医療及びリハビリテーション」:障害発生予防のための計画作成及び施策実施、障害者の医療及びリハビリテーションを受ける権利、家族へのリハビリ知識の提供、医療及びリハビリテーションに関する研究の推進、補助具生産の推進など
 第4章「障害者の教育」:統合教育の推進、学校における合理的配慮、視覚障害者、聴覚障害者や精神障害者のための特別学校の整備、学費の減免等
 第5章「障害者の職業訓練」:職業訓練校への障害者受入の推進、障害者職業訓練校の整備推進、訓練生の学費減免及び就職相談など
 第6章「障害者の就労」:差別なしに働ける権利、一定数以上の障害者を雇用する企業に対する税の減免、起業促進、グループでの就労の促進、障害者雇用のクオータ制度と未達成企業の納付金制度の創設など
 第7章「情報、公共の場所及び公共交通」:公衆向けの情報提供に関するアクセシビリティ、公共の場所のバリアフリー化とそのための規則の制定、公共交通のバリアフリー化の促進など
 第8章「障害者に対する福祉と援助」:障害者の生活水準の向上、要支援障害者及び介護者に対する給付など
 第9章「総合調整・監督機関」:障害者の権利及び利益保護のための活動を調整し、管理する機関として、関係省庁及び障害者団体代表からなる「国家障害者委員会」を規定すること、その権限及び責務
 第10章「障害者自助団体及び障害者の日」:障害者の自助団体設立の推進及び「障害者の日」(12月3日)の制定
 第11章「障害基金の設立」:「障害基金」の設立とその財源、用途及び管理
 第12章「賞罰」:顕著な取り組みをした者に対する顕彰及び政令に違反した者に対する再教育や警告、過料など
 第13章「最終規定」:本政令の所管省を労働社会福祉省とすること及び実施時期は公布時とすること
*障害者政令起草プロジェクトのポイント
過程に関して 
 ー 政府と障害者団体共同のプロジェクト
 ー 障害者自身が調査をし、起草の中心メンバーとして参画。
 ー 障害者団体自らが資金援助団体及び技術援助に関する情報を積極的に収集。
 ー APCDやJICA、AusAID、UNDP、ILOなどからの支援を得ることができた。特に労働・社会福祉省付JICA長期専門家及びLDPA付VIDAボランティア(オーストラリア海外援助庁より派遣)が日々の運営について細かくアドバイス。
内容に関して
 ー 政治的権利から家族の権利に至る多種多様な権利、医療やリハビリ、教育や就労、公共的な場所や公共交通・情報へのアクセシビリティなど障害者に関する幅広い事項をカバーしており、障害者に関するラオスで最初の包括的な法制
 − アクセシビリティの保障や合理的配慮の義務付けなど、国連障害者権利条約を踏まえたもの
 − 当事者団体の役割についても一章が割かれているほか、女性障害者や障害児にも目配り。
実施に関して
 − 今後の政府部内での合意形成の問題
 − 実効性の問題(特に関係者や国民の意識、実施財源、体制等の問題)
 − 障害施策に関し拠って立つところができることは大きな第一歩。
*障害者からの新たなイニシアティブ〜コンピュータ専門学校を卒業した若い障害者たちが開設した小さなITコンピュータ・ワークショップ
 2005年1月、障害者のための最初のITセミナーがビエンチャンで開催される。このセミナーは労働・社会福祉省とLDPAが主催したが、実質的には元ダスキン研修生の企画を日本のNGO「ADDP(アジアの障害者を支援する会)」が支援して実現。まだ在学中であった彼らは自分たちの計画(障害者のためのITワークショップ開設)をもってADDPにアプローチをし、関心を持ってもらうことに成功。労働・社会福祉省付のJICA専門家の支援も得て、2006年のJICAの集団研修「障害者の職業リハビリテーションと就労」コースに参加。
 彼らは視覚障害者のIT支援に重点を置くこととし、最初の全盲の生徒2名はすでに他の視覚障害者にコンピュータを教えることができるまでになっている。
 また、日本点字図書館の委託を受け、ラオ語点字の教科書を作成。
 彼らの「ビスネスモデル」はインターネットカフェを経営するとともに、非障害者には有料でコンピュータを教えることによりワークショップを維持し、障害者に無料でコンピュータを教えるもの。コンピュータは彼らの貯蓄により中古のものを買い揃えたほか、ADDPがマイクロファイナンスによって足りない分を支援。
 また、ADDPの支援により隣国タイから全盲のコンピュータインストラクターを招聘。なお、彼は元ダスキン研修生。
 ADDPは定期的にビエンチャンを訪れ彼らの活動を確認するとともに、電子メールにて定期的なレポートを受け取っている。貸付金の返済も計画通りに行われている。
*ITワークショップのポイント
 − 障害者自身によるイニシアティブで始まったこと
 − 障害者自身が他の障害者の支援をしていること
 − 意思決定やワークショップの運営を個人ではなく常にグループで行っていること
 − 彼らの強みであるITスキルを生かしていること
 − 彼らは運営費をカバーするための収入を主に活動本体から得ていること。投資的経費は彼ら自身の貯蓄及び日本のNGOからのマイクロファイナンススキームで調達。
*ラオスにおける障害者支援のポイント
どのような取り組みが求められているか
 − 本人及び家族への医療・リハビリ・補助具などの知識・情報の充実
 − 教育機会、就労機会の増大
 − 大きなプロジェクトではなく小さくとも息の長い取り組みを。農村部では魚養殖や家畜飼育、都市部では縫製や理美容、ITスキル養成等。
 − 開発に障害の視点を(学校や公共施設建設支援の際のバリアフリー化など)。
*どのようなアプローチをとるか
 − 政府レベルへのアプローチ、草の根レベルへのアプローチの両方が必要。
 − 政府レベルへのアプローチとしては法制度整備、政府職員などの意識啓発や財源獲得能力・事業運営能力向上。労働・社会福祉・保健部局だけではなく、建設・運輸・教育・計画部局へのアプローチ、中央レベルだけではなく県レベルへのアプローチも重要。
 − 草の根レベルへのアプローチとしては、ITワークショップなどの小規模な取り組みへの支援や農村部の就労に対する小規模な支援。
 − 他の国際機関や国際NGOの資源、地元や近隣国の資源も積極的に活用。
 − 「あせらない」、「怒らない」、「あきらめない」
どのように「最初の一歩」につなげるか
 − 現状及び目指すべき目標は認識しているものの、具体的な道筋を見つけられないのが彼らの弱点。「金がない」で思考停止状態。
 − 日本や諸外国の取り組みを押し付けるのではなくその背景や文脈を理解してもらうこと、その上で彼ら自身の「考える力」を伸ばすことが必要。
 − 彼らの「やりたいこと」をベースにして、具体的な段取りを考えさせる。
 − 政府レベルでは、ワークショップをやりっぱなしにするのではなく、チームの編成、スケジュール管理などにつなげることにより動きを促進。
 − 草の根レベルでは意欲ある若い障害者を見つけ、チームでの活動を促進。
どのように「息の長い」、「広がりのある」取り組みにするか
 − 
最初から大きな事業にしない。
 − 政府職員にあっては財源獲得能力及び事業運営能力の向上を重点的に行う。中央省庁だけでなく県職員も重要。
 − 草の根レベルにあっては活動の中から運営資金が得られるような仕組みをつくる。
 − 障害者が他の障害者を啓発・教育・訓練するような仕組みをつくる。
 − 主役はラオス人であり、彼ら自身で運営させる。支援側は目を離さないことが重要。
政府とどう接するか
 − 政府の意思決定は遅く、能力も非常に限られているものの、強い力を持っており、手続きをないがしろにはできない。
 − 政府の中にも志ある職員はおり、彼ら彼女らを見つけ、巻き込むことが重要。
 − 良くも悪しくもムラ社会であり、協力は比較的容易であるものの、彼らのやり方を尊重する必要がある。
 − 障害者の組織化に当たっては、結社の自由に対する考え方が異なるため十分な注意が必要。