アジアの障害者 ー 環境アクセス

    アジア・ディスアビリティ・インスティテート 中西由起子

本稿は、「連載 アジアの障害者4−環境アクセス」(福祉労働、90号、2001年3月、157-162頁、現代書館)をもとに、作成された。

初めに
 アクセスと言うと、建物、交通機関屁のアクセスから、最近ではサービスへのアクセス、コミュニケーションでのアクセスなど、広い意味でしようされることが多くなってきた。アクセスは障害者の権利であることが認識され、アジア太平洋障害者の十年が終了する2002年からは、アクセスの持つ広範囲な意味を表す「アジア太平洋障壁からの解放運動(Asian and Pacific Movement for Freedom from Barriers)」と名づけたアクセスの十年を新たに推進しようという動きも活発である。
と呼ぼうとの意見が採用され、
 アジアでは1990年代前半の経済は空前の好況をむかえ、社会基盤の整備が進められた。人々のライフスタイルも変化を見せ、大都市には高層ビルと、高速道路、車の数が急速に増え、車優先の都市が出現した。その結果、歩行者が不都合を強いられるようになる。排気ガスが増え大気汚染が広がる。一方、通行が増え、横断歩道が少なくなり、歩道橋が設置され、道路を渡ることが困難になる。高速道路が延びてくるが、それでも都市の交通渋滞は解消しない。渋滞解消のために、ようやく、バスや電車などの大量交通機関の整備、建設が始められるようになった。
 本稿では特に、最近関心が高まっているアジアの国々での交通機関や建物などの利用、つまり物理的なアクセスを考察してみたい。

アクセスに関する法律
インド 障害者(均等機会、権利保護、完全参加)法(1995) 中央調整委員会の任務の一つとしてアクセスの推進、
差別禁止の一つの分野として、鉄道の客室やバス、船舶、航空機の改造、車椅子のための鉄道個室や船舶、航空機のトイレや待合室の改造、
経済能力と開発の範囲内で、視覚障害者のために公道に音の出る信号の設置、車椅子のために段差のない歩道とスロ−プの設置、全盲や弱視者のための横断歩道表面とプラットホ−ム前面の刻み、障害のシンボル・マ−クの考案、警報の設置
経済力と発展の範囲内で、公共の建物のスロ−プ、エレベ−タ−の点字表示と音声案内、病院、第一次保健センタ−やその他の医療施設、リハビリテ−ション施設のスロ−プの設置
インドネシア 物理的なアクセスに関する技術的ガイドライン(1998)
韓国 建築での老人妊産婦、障害人などの便宜促進に関する法律(1997)
シンガポール 住宅開発局ガイドライン(1978)
建築物のバリアーのないアクセシビリティ法(1990)
バリアーのないアクセシビリティ規定(1995) 公共事業局が発布した。
スリランカ 障害者権利保護法(1996) 第5部障害者の権利の保護(23−24条)
−雇用や教育での障害による差別の禁止
−建築物や場所へのアクセスの権利
−協議会による違反に対する高等裁判所への提訴
タイ 障害者リハビリテ−ション法(1991) 公共建築物や公共交通における障害者のアクセス
アクセスビリティ法(1998)
台湾 建築物技術管理規則(1989改正) 170条 公共の建物や場所に障害者の移動のための装置の設置
障害者福祉法(1989改正) 23条 新規の公共施設、建設物、レクリエーション施設、交通機関全てに適用
 アクセスが保障されていないと使用許可がでない
 既存の建築物が1995年末までに改造されない場合は使用許可の取り消し
中国 都市の道路と建築物の障害者のアクセスのための建築規定 徐々に中央から地方へと適用されつつある
フィリピン アクセシビリティ法(1982制定、1984発効) 新たに着手される建物、施設、公共設備、その他の公共事業に設備や機器の設置を要求
罰金条項もあるが、ほとんど実施されていない
障害者のマグナカルタ法(1992) −障害者に対する雇用、交通、公共設備の使用(物品、サ−ビス、施設、特権、利点、便宜などの充分で平等な享受)での差別的状況の禁止
−投票所のアクセス
−可能なのに既存のビルでの建築上の障壁を除去しないことを違法とする36条(既存のビルはアクセス法から除外されていた)
ブルネイ 政令(1987) 今後建築されるビルへの障害者用設備の設置を義務とする
香港 障害差別禁止条例(1996) 雇用、宿泊、教育、労働組合やクラブへの参加、施設へのアクセス、教育・スポーツ活動へのアクセス、商品やサービスの提供、施設の提供
マレーシア 統一建築物細則(1991改正) アクセスを考慮した基準やガイドラインが盛り込まれている
障害者の公共施設へのアクセス実施基準規則(建物内部) 公共建築物での障害者のアクセスに関する細則
障害者の公共施設へのアクセス実施基準規則(建物外部) 建築物の街区での障害者のアクセスに関する細則

アクセスの現状
 この表からは、後発開発途上国が多い南アジアとインドシナ地域を除いて、アクセスに関する法律はかなり整備されている印象を受ける。しかし実際に施行されていない国は多く、大都市の一部だけと言うのが現状である。手許の資料から、地域別に分けていくつかの国の状況を論じてみたい。

<北東アジア>
韓国 1998年のパラリンピックには、その開催にふさわしいのか否かの議論が起こったものの、環境アクセスと社会の意識の向上に大いに貢献した。ソウルでは地下鉄のリフト設備も増え、車椅子での単独移動が可能となってきた。
台湾 経済発展に呼応して、障害者が性能のよい主導や電動の車椅子が使えるようになり、都市部の建築物に関してはかなりアクセスの良い環境が作られつつある。
中国 アクセスを考慮した建築物は広大な国土の中で、限られた大都市のそれも一部だけである。
(香港) 1993年以来政府のリーダーシップにより、雇用の他にアクセスと交通の面で障害者に関する問題を討議することを目的にサミットと呼ばれる首脳会議が開かれるようになった。各種公共交通機関の運営主体と政府関係省庁の最高レベルの管理者が参加するようになり、ここ数年交通面でのアクセスは飛躍的によくなった。点字誘導ブロックやエスカレーターの音声案内システム、プラットホームのスクリーンドアの設置など、地下鉄での視覚障害者への対応もよくなった。1999年に開通したエアポート・エクスプレスの全駅で障害者へのアクセスが保障されている。

<東南アジア>
インドネシア 公共施設でさえ、障害者のアクセスのための設備がない。ジャカルタとバンドンが比較的よいといわれているが、1994年のバンドンの調査では、大規模建築物のうち病院の建物しか車椅子でアクセスできなかったし、信号のうち2つだけが盲人用の音がつき、有料高速道路にのみ障害者用のスロ−プがあった。
 ジョグジャカルタではガジャマダ大学の協力で1999年7月に試行事業(Malioboro Pilot Project)として、視覚障害者用点字ブロックを150メートルにわたり議事堂の前に敷設した。
 居住・地域インフラストラクチャー省の種々の敷地内のビルにスロープをつけた。
シンガポール 政府が高齢化社会を意識して町のアクセスは良くなってきたが、一般的な交通手段であるバスやMRT(高架鉄道もかねる地下鉄)は全く障害者を締め出している。そのためマヒ者援助協会や障害者福祉協会は会員の仕事のため、シンガポ−ル赤十字社は障害者や高齢者の通院のためにリフト車の配車サ−ビスを行っている。若い障害者で職業を持つ人たち(主には、ポリオの障害で松葉杖を使っている)の多くは、通勤用に車を持ち始めた。障害者用の駐車場もかなり見かけるようになった。
 国民の80%がすむ高層アパ−トのアクセスはかなり考慮されるようになった。住宅開発局のすべての新しい団地では、今までは障害者はエレベ−タ−の止まる階または1階の部屋を優先的に選べるでけだったが、すべての階でエレベ−タ−がとまるようになり、かつ入口に階段がある古い棟でのスロ−プ設置許可、季節駐車券購入での優先権、駐車場の割り当てなどが認められている。
タイ 社会のアクセスに関する意識はだいぶ向上してきたが、視覚障害者にとっても肢体不自由者にとっても移動はいまだ大問題である。地下鉄や路面電車はなく鉄道は主に長距離旅行の手段という状態の中で、入口のステップは高く、ゆっくりと止まってくれないバスがほとんど唯一の乗り物である。またバンコク市内では洪水防止のため嵩上げされた歩道にはものすごい段差があるし、地方の舗装されていない道は車の土ぼこりが激しく、雨が降るとすぐぬかるむ。19991年末にバンコク市内に開通したスカイトレイン(高架鉄道)にエレベーターが付いたが、駅までのアクセスや高い運賃が壁となって障害者の利用が少なく、普段は施錠されてしまった。リフト付きの路線バスが4台バンコク内で走るようになったが、まだ、実用段階ではなく、シンボル的な試みでしかない。
 最もアクセスが良いのはパタヤであると言われている。
フィリピン 政策面で進んでいる割には、大都市でもアクセスは良くない。最も良いとされるのはセブ市である。
マレーシア 同様な経済発展を遂げた国と比較するとアクセスの面では後れている。最も進んでいるはずの都市部でさえやっと新規に建設されたモノレールのアクセスが保障されたり、映画館階段にリフトをつけたり、ス−パ−マ−ケットは障害者用の駐車場、スロ−プもつけるなどの動きが出たに過ぎない。

<インドシナ>
カンボジア 特に身体障害者には移動が困難な環境で、ビルの入り口には段があり、歩道は整備されていない。オートバイ・タクシーや3輪タクシーは庶民の一般的な交通手段であるが障害者は使えないので、単独での移動は困難である。結局家に閉じこもらざるえない。
ベトナム 都市の車がスピードを上げて行き交う混雑した道を手動式の3輪の車椅子の後ろに松葉杖をくくりつけていく障害者が時たま目に付く。移動手段を持たない重度の障害者は外出もままならない。

<南アジア>
インド 町のアクセスはまだ整備されていず、公共交通機関もほとんど使えない。カルカッタの地下鉄は障害者ののろのろした動きによって事故が起こる危険性があることを理由に、障害者の利用を禁止している。
スリランカ 身体障害者の団体がアクセス・シンボルマークや、障害者用駐車場のの設置運動に取り組んでいるが、政策として提言するところまではすすんでいない。
ネパール 首都に居住する車椅子の障害者は唯一の公共交通機関であるバスが使用できず、30分、場合によっては1時間もかけて職場まで通っている。
ブータン 人口が少なく、山間の町に散らばって住んでいる人たちはバスを唯一の交通手段とするため交通面での困難が大きい。
モルディブ 国は小さな島から成り、歩いてまたは自転車で動き回れる。それ故、公共交通機関としては島を結ぶ船舶が唯一のものである。勿論障害者のアクセスを考慮したものではない。島の道路で舗装されているところはわずかであり、障害者の歩行には問題がある。

アクセスの向上を目指して
 ではアクセスの向上のために、どのような運動が展開されているのであろうか。最も効果を発揮した戦略は、先進国でのアクセスが保障された環境を経験した障害者による障害者団体を率いてのデモである。
 タイでは知事の公約にも拘わらず、1994年に建設が始ったスカイトレイン(モノレール)が全く障害者のことを配慮していなかったので、翌年タイ障害者協議会の盲人、ろう者、肢体障害者、その仲間450人による決死のデモ行進が実施された。500人を超えるデモ隊制圧の警察隊が動員されたが、最終的に協議会はアクセスの保障を勝ち取った。その後資金難を理由にエレベーターの設置が反故にされそうになったが、再度のデモで主要5駅にエレベーターが設置あれた。
 マレーシアでも同じ頃、高架鉄道のアクセスを求めるデモが会った。 1994年に完成した狭軌鉄道(LRT)の第1期路線では、車椅子使用者は、他の乗客にとって危険であり、非常時に他の人が逃げる邪魔になるとの理由で、利用を禁止された。既存の障害者団体は警察に捕まることを恐れてたが、200人をこえる障害者個人が集まり抗議のための街頭デモを実施した。3日間の準備で、参加者のタクシ−代づくり、法律専門家の障害者に刑務所に入るとか仕事を失うとか言われ怖じけづいた公務員の障害者の説得などが行われた。その結果、モノレ−ルの2期工事はカナダの最新技術を使って、100 %車椅子の使用可と発表し、1998年に部分開通された。

アクセス向上の戦略
 日本では電動車椅子障害者が町にでるようになった、本格的にアクセスの問題に焦点があたった。アジアのアクセスは徐々には良くなっているものの、やはり一番ニードが高い重度の障害者が実際に不便な交通機関や建物にチャレンジしていかなければ大幅な改革は臨めないと思う。DPI日本会議の交通デモを初めとする経験が、アクセスをアジアの仲間に伝えていく努力を惜しんではならない。

参考文献
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久野研二(1999)キャンペーン`99マレーシア会議関連資料 ー マレーシアの障害分野の動向、日本障害者リハビリテーション協会
国際協力事業団(2000)特定テーマ評価(タイ障害者支援)報告書
高嶺豊(2000)「アジアで交通バリアフリーを求める動き − タイの例を中心に」ノーマライゼーション、20巻11号、pp.30-33、日本障害者リハビリテーション協会
中西由起子(1996)アジアの障害者、現代書館
リュウン、フレッド(1999)「カントリー・レポート」国際シンポジウムー視覚障害者の社会参加を考えるー報告集及び結成50周年記念講演、pp.13−17、京都府視覚障害者協会、国際シンポジウム実行委員会
リ−、クリスティ−ン(1998)「マレ−シアの交通アクセスを求める運動」、83回アジア障害者問題研究会報告
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Komardjaja, Inge (2001) "The Malfunction of Barrier-Free Spaces in Indonesia", Disability Studies Quarterly,
Fall 2001, Volume 21, No. 4, pp. 97-104
Montilla, Virginia Escobedo. (2000) Country report presented at the Group Training Course in Leaders of Persons with Disabilities organized by JICA

     (2001年12月4日)