発途上国におけるCBR理解の四類型 - 専門家の見解整理を通して
 専門家へのインタビュー

日本社会事業大学専門職大学院
紺野 誠二

1.問題意識
 前職で私は開発途上国での国際協力に従事、その中で必要な支援を受けられない数多くの障害者に出会った。この経験から開発途上国にて障害者が人間らしい生活を営むために受け入れられているCommunity Based Rehabilitation(以下CBRと略)を考えることとした。

2.実習の目的及び手法
(1)CBRの国際的な理解
CBRは「コミュニティ開発の中で、すべての障害者のリハビリテーション、機会均等、ソーシャルインクルージョンを推進するための戦略」と定義され、下記の二点が主な目的と位置づけられている 。{註1}
-障害者が身体的及び精神的な能力を最大限発揮し、社会における通常のサービスや機会にアクセスでき、コミュニティや社会に積極的に貢献できるようになること。
-例えば参加への障壁を取り除くことにより、コミュニティ内での変化を通じて、障害者の権利が促進され、守られるようにしていくこと。
 前者は障害者のエンパワメント、後者はコミュニティでのメインストリーミングと言えよう。CBRではこの両方が求められるが、開発途上国では医療、教育等が限られており、貧困も続き、障害者への社会的な偏見や差別も根強いことから、目的の達成は容易ではない。
(2)実習の目的
 CBRと言っても実践する際の視座が専門家により異なる。それがプロジェクトの方向性に影響を与えるのではないか。そこで、本実習では下記の目的を設定した。
-各専門家の経歴や立ち位置を踏まえ、専門家のCBRの捉え方を整理する。
-整理をふまえた上で課題を考察する。
(3)実習の手法
 上述の目的達成のため、専門家へのインタビューを実施した。主な質問項目は下記の通り。
-自身が障害者支援に関わることとなった経緯、立ち位置。
-CBRに対する捉え方。
-障害者が地域で暮らす上での障壁と改善方法。また、改善する役割を担う者。

3.議論の整理
 各専門家の議論を整理すると下記の通り。

専門家

障害者支援への関わり、立ち位置

CBRに対する捉え方

障害者が地域で暮らす上での障壁と改善方法。改善の役割を担う者

A

NGOにて障害者支援に従事後、障害当事者団体に勤務

障害者が生きていくために必要なものを取りそろえるためのアプローチ。障害者の力をつける、道具を揃える、周りの環境を整える。

教育、雇用、物理的なアクセス等。
障害者同士での顔合わせが少ない。
障害者が社会に訴えることが、一番力がある。
Self Help Groupは大変有効。

B

理学療法士として青年海外協力隊他で、開発途上国でのリハビリに従事

障害者が地域内の社会資源から排除されている状況から、社会資源を使えるよう地域社会の関係作りを進めること。専門家からのリハビリではなく地域住民や障害者が行動の中心となる。

地域住民が普通に利用している社会資源、人間関係、情報等から排除されていること。
物理的な障壁も多い。
理学療法士よりもソーシャルワーカーやコミュニティワーカー。

C

アジアの地域保健、開発関連NGOに包括的アプローチの研修実施

特に言及なし

障害者を含めた社会的に弱い立場の者は社会から排除されている。恒常的な差別がある。
底辺の者たちが変わらないとならない。
地域を強めることが大切。中心は当事者。

D

障害関連団体にて勤務。コミュニティへの関心が深い。

社会開発の一環。
すべての人に住みやすいコミュニティ作りを目指すこと。
CBRは障害者を対象とすることと、コミュニティに働きかけることと両方同時に行う。

物理的な環境、制度的バリア、地域住民の見方
障害者本人に向けられること:身体的側面へのインプット、内的なパワーを強めること。
コミュニティに向けられること:社会資源の充実、福祉サービスの向上、障害者支援を行っていない組織にも働きかけることが大切。

E

作業療法士として青年海外協力隊で勤務他、アジアでのプロジェクトに関与

地域開発の一プログラム。
障害者が地域社会の中に組み込まれていくこと。

本人の能力向上(医学的リハが必要だが、限界あり)、物理的な環境改善、地域住民の意識変化が必要。地域住民の啓発活動を実施。
この役割を果たすのは家族、地域住民、国によってCBRワーカー。

F

作業療法士として海外青年協力隊で勤務。その後もアジアでCBRに従事

幅広い活動。訪問リハや家庭でできるリハを教える等。貯金グループをやっているところ、学校に障害児を受け入れさせるような活動もある。

社会的な偏見。
住民の組織化が必要。このために村で誰もが発言できるような雰囲気を作るリーダーが大切。
親の会活動も、当事者運動も不十分。

G

障害当事者。国際的な当事者団体や国連での勤務経験あり

障害当事者をエンパワするもの。
手段である。
エンパワされた障害者が社会を変える
永続するプロセスである。

障害者が中心となって、障害者によって啓発された人が社会を変えていく。
障害者のエンパワには自立生活運動が有効。
自立生活運動という形で、地域で生きるということを強調する方がよい。

H

障害福祉団体勤務。知的障害者への理解を広めるプロジェクトをアジアで実施。

障害者のためでなく、社会資源を障害者とそうでないものが共有すること。
他の人のやることに障害者が参加できるようにすること。
発達障害や知的障害のある人とつきあうことで、村の人が変わること。

途上国の知的障害者は教育を受けていない。
社会での知的障害者への理解が低い。
途上国では頼り会う社会が多いので、障害者だけで固まると他者との関係が悪化する。
ファシリテーターが地域住民に地域に住む障害者問題について考えてもらうようにする。


4.考察
 専門家の見解を整理した結果、障害者支援に関わる経緯や現在の立ち位置により、四つに整理した。その理由として、専門家が自身の関わりの中から課題を見出し、その課題に対する働きかけを考察した結果を自身の見解としたのではないか、と考えたためである。
-理学療法や作業療法からCBRに関わった専門家(B,E)は、身体的なリハでの限界に直面、リハだけでなく、地域社会への働きかけが不可欠と考えるようになった。この立場では地域住民、コミュニティワーカー、障害者自身が働きかけを行う役割を担う。
-障害当事者もしくは当事者運動への参加からCBRに関心を持った専門家(A, G)は、社会的に弱い立場にある障害者の現状を実感、もしくは目の当たりにし、障害者をエンパワして、障害当事者が前面に立って社会を変えていくことを主張した。
-社会開発に興味を持つ専門家(C, D)は、社会変化がCBRを推進する上では欠かせないとした。そのためには全人口の10%である障害者へのアプローチも重要だが、残りの90%の変化促進に力点を置くべきとし、開発NGO等が役割を演じるべきとした。
-アジアにおける障害者支援で住民組織化を重視する専門家(F, H)は、社会変革の上で住民の組織化が鍵となると捉え、ファシリテーターが地域住民を巻き込むことの有用性を明言した。ファシリテーターには障害者が理想的である。

5.まとめ
 私は上述の四つの視点すべてが妥当な物であると考える。中でもCBRが「コミュニティ開発の中での」戦略であることからすれば、特に住民組織化は重要なのではないか。その中でもファシリテーターの果たす役割について注目していく必要がある。なぜなら、ファシリテーターの果たす役割が開発分野では今日広く受け入れられているからである。特に参加型開発で住民の潜在能力を引き出し、関心を高める上でファシリテーターは大きな役割を果たしている。障害者がファシリテーターとなるのが一番望ましい。
 CBRの受益者についてであるが、障害者のみがメリットを得られるのでは他の住民が積極的に取り組むとは考えにくい。障害の有無に関わらず、地域住民誰もが恩恵を受けられればCBRを前向きに捉えるであろう。これは障害者への理解にもつながるのではないか。

6.おわりに
 今回の実習では大変お忙しい中、多くの専門家の方に時間を割いて頂き、貴重なお話をお伺いすることができた。改めて皆様に感謝申し上げる。

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註1"CBR: a strategy for rehabilitation, equalization of opportunities, poverty reduction and social inclusion of people with disabilities: joint position paper", International Labour Organization, United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization and the World Health Organization, 2004, page 2-3