WHO CBRガイドラインの内容と進捗状況

アジア・ディスアビリティ・インスティテート
中西 由起子


 WHOはここ数年、再度CBRのリーダーとしての活動に積極的に取り組んでいる。概念の変遷を踏まえて、今CBRのガイドラインを作成中である。


1.地域開発から障害者の権利への視点の転換:1994年と2007年の合同政策方針書の比較

<2つの合同政策指針書の比較>
 1980年代後半にはCBRの概念の普及に伴ってWHOの定義以外に種々の解釈に基づいてCBRプログラムが世界各地で種々の政府機関、団体によって実践されるに至った。それ故、WHO、ILO、ユネスコは1994年にCBRに関する合同政策方針書(Joint Position Paper)[1]を発表した。実践家たちはその定義に原則的に同意するものの、実行面の段階ではそこから逸脱した方法こそ実際的なアプローチであることをしきりに強調した。種々の解釈によるCBRの普及という混乱した事態に歯止めをかけるのが方針書の目的であった。さらに10年後には改訂版[2]が同じ3機関によって出された。
 両者の主な点を比較してみると、以下のようになる。
                          表1 1994年と2004年版の比較

1994

2004
題名 Community-Based Rehabilitation for and with People with Disabilities
障害者のために障害者とともに実践する地域に根ざしたリハビリテーション
CBR: A Strategy for Rehabilitation, Equalization of Opportunities, Poverty Reduction and Social Inclusion of
People with Disabilities
CBR: 障害を持っている人々のリハビリテーション、機会の均等化、貧困削減と社会統合のための戦略
出版の目的 To clarify for policy-makers and programme managers the objective of CBR and the methods for implementing it.
政策立案者やプログラム・マネジャーのために、CBRの目的とCBRの実践方法を明確化する
To describe and support the concept of CBR as it is evolving, with its emphasis on human rights and its call for action against poverty that affects many people with disabilities.
障害を持つ多くの人々に影響を与える貧困に対する行動への呼び掛けや人権を強調しながらCBRは発展してきたので、その概念を記述し支援する
CBRの定義 Community-based rehabilitation is a strategy within community development for the rehabilitation, equalization of opportunities and social integration of all people with disabilities.
地域に根ざしたリハビリテーションは、障害を持っているすべての人々のリハビリテーション、機会の均等化、社会統合のための、地域開発の一つの戦略である
CBR is implemented through the combined efforts of disabled people themselves, their families and communities, and the appropriate health, education, vocational and social services.
CBRは、障害者自身、その家族、地域社会、そして適切な保健、教育、職業、及び社会サービス組織の合同での尽力によって実行される
CBR is a strategy within general community development for the rehabilitation, equalization of opportunities and social inclusion of all people with disabilities..
CBR はリハビリテーションと機会の均等化、障害を持っているすべての人々の社会へのインクルージョンのための、一般的な地域社会開発の中での戦略である。
CBR is implemented through the combined efforts of people with disabilities themselves, their families, organizations and communities, and the relevant governmental and non-governmental health, education, vocational, social and other services. 
CBR は、障害を持っている人たち自身、彼らの家族、団体と地域社会、適切な政府や民間の保健、教育、職業、社会、その他のサービス、合同での尽力によって、実行される。
CBRの目的 to ensure that people with disabilities are able to maximise their physical and mental abilities, have access to regular services and opportunities and achieve full social integration within their communities and their societies.
障害を持つ人々が、自分たちの身体的、精神的能力を最大限にして、通常のサービスや機会にアクセスし、あまねく自分たちの地域社会や社会の中で完全に社会統合が達成されることが可能であることを保証する
1. To ensure that people with disabilities are empowered to maximise their physical and mental abilities, have access to regular services and opportunities and become active, contributing members of their communities and their societies.
障害を持つ人々が、自分たちの身体的、精神的能力を最大限にして、通常のサービスや機会にアクセスし、あまねく自分たちの地域社会や社会に対して活発な貢献者になるようにエンパワーされることを保証する。
2.To activate communities to promote and protect the human rights of people with disabilities through changes within the community, for example, by removing barriers to participation.
2. 地域社会の変化、例えば、参加への障壁の除去によって、障害をもつ人々の人権を促進し保護するために、地域社会を活性化する。
内容 Introduction
Objective of CBR
Methods for implementing CBR
Support to community members
Referral services for people with disabilities
Sustainable CBR programmes
Articulation of a need
Community response
Availability of support
Conclusions
Interagency collaboration for CBR
1. Introduction
2. Community Based Rehabilitation (CBR)
2.1. Concept of CBR
2.2. Major Objectives
2.3. Evolution of Concepts in CBR
2.3.1. Disability and Rehabilitation
2.3.2. Human Rights
2.3.3. Poverty
2.3.4. Inclusive Communities
2.3.5. Role of Organizations of Persons with Disabilities
3. Who Initiates CBR ?
4. Essential Elements of CBR
4.1. National Level
4.1.1. National Policies
4.1.2. National Co-ordination of CBR
4.1.3. Management Structure for CBR
4.1.4. Allocation of Resources
4.1.5. National Support
4.2. Intermediate/District Level
4.2.1. CBR Managers
4.3. Community Level
4.3.1. Recognition of the Need for CBR
4.3.2. Community Involvement
4.3.3. Community Workers
5. Multisectoral Support for CBR
5.1. Support from the Social Sector
5.2. Support from the Health Sector
5.3. Support from the Educational Sector
5.4. Support from the Employment and Labour Sector
5.5. Support from NGOs
5.6. Support from the Media
5.7. Collaboration for Support to the Community
6. Further development of CBR
6.1. Expansion and Scaling up of CBR Programme
6.1.1. Gender Equality
6.1.2. Inclusion of All Age Groups
6.2. Training for CBR
6.2.1. Management Training
6.2.2. Training for DPOs
6.2.3. Training for Service Delivery
7. Conclusion
障害者団体(DPO) 主に協力団体として相談を受け、圧力団体として関係する政策に影響をあたえる 積極的にCBR実施の際に役割をになう。コミュニティとDPOの参加を必要としている

 比較からわかるように、基本的なCBRの定義や目的に関しては、ほとんど変化がない。主たる違いは2004年度版では、人権、貧困などの不平等の是正、そのエイジェントとしての障害当事者団体の役割の拡大が強調されていることである。
 2004年度版に「貧困」が初めて登場することになった背景には、MDGsがある。CBRは貧困の削減に対して効果的な対応ができると繰り返し強調されている。
 人権は1994年度版でもとりあげられているが、「健康で幸福な生活をおくる権利」としてであり、ニーズの明確化に関する箇所において「現実には必要とされている障害者の権利に関して取り組むよう地域社会の外側から指摘されるかもしれない。」とされ、中心課題ではなかった。2004年度版は、2002年から国連で討議が始まった障害者の権利条約を意識して作成されて、人権に1節があてられている。かつ、「人権アプローチに基づいてCBRプログラムが必要であるとの認識」がCBRの4つの必須要素のひとつとされるなどさまざまな箇所に登場する。
 障害者当事者団体(DPO)の役割の拡大も大きな変化のひとつである。1994年度版には主に協力団体として相談を受け、圧力団体として関係する政策に影響をあたえる存在として描かれていた。しかし2004年度版では、DPOは積極的にCBR実施の際に役割をになう。そしてCBR推進に当たって、地域社会と肩を並べてDPOの参加が必要とされている。しかし地域社会に必ずしもDPOがあるわけではなく、特に途上国ではその傾向が強いため、「DPOの役割}に関する項において「DPOが弱体なところでは、CBRプログラムは、障害者個々人の権利とサービスへのアクセスを推進し、コミュニティ開発に完全参加する能力を高めるために彼らをエンパワーできる」としている。

<コミュニティ開発から人権へ>
 CBRはPHC(プライマリー・ヘルス・ケア)との連携がWHOのマニュアル作成時から奨励され、それがために医療モデルに基づくCBRが主流と成った時代が20年にわたって続いてきた。未だその影響は尾を引き、リハビリテーションの提供による村落開発であるとして導入に当たってはまずPTやOTトレーナーなどの役割を担って動員されることが当然のこととされてきた。
 CBRが単なる村落開発の手法であると、障害者は社会の一員であったが平等な一員であるための配慮は十分に行われなくなる。障害者はサービスを受けるだけの存在であり、サービスを提供するCBRワーカーとして障害者を選ぶことはCBR実施者の発想にはいたらない。適切な発言が期待できる障害者がいないことを理由に、CBR委員会の中に障害者が入ることもなかった。障害者は結局受け手という地位に甘んじるよりほかなかった。
 ILOはこのような状況に対して、世界でCBRを実施する際に方法はたった一つだけということはありえないとして、CBRに代わるCIP(community integration programme)[3] という名称を提案したこともあった。
DPI(障害者インターナショナル)が2004年のCBR国際コンサルテーションで陳述したように[4]、CBR のアプローチは、医療的障害像にこだわることなく、人権に基づいた障害の社会モデルに達することを目標としてきたはずであった。しかしその前提条件となる、地域社会全体における障害者の人権の尊重や、障害者の地域社会での完全参加の積極的な推進は行われてこなかった。つまり、何もできなかった障害者が歩けるようになり、地域の学校に通えるようになり、床屋の店が出せればそれでよかった。


1 ILO, UNESCO, & WHO. (1994) 1994 Joint Position Paper: Communitiy-Based Rehabilitation-for and with people with disabilities
2 ILO, UNESCO, & WHO. (2004) CBR:A Strategy for Rehabilitation, Equalization of Opportunities, Poverty Reduction and Social Inclusion of People with Disabilities
Joint Position Paper 2004
3 ILO (1989)Vocational Rehabilitation of Disabled Persons: Current Programme and Future Plans. Progress Report presented to the 7th Inter-agency Meeting on the United Nations Decade of Disabled Persons, Vienna, 6-8 December 1989
4 Griffo, Giampiero. (2004) DPI Position Paper presented at the Meeting on the development of guidelines for Community Based Rehabilitation (CBR) programmes ogganized by WHO on 1-2 November 2004, Geneva, Switzerland

2. CBRガイドライン

 現在WHOで進められている下図のようなCBRガイドラインの作成に関して、WHO障害・リハビリテーション・チーム(DAR)の斉藤紀子さんから進捗状況をうかがった。

<ガイドラインの必要性と目的>
WHOは、30年前からCBRの概念が変化してきたこと、および障害者の権利条約が今の障害分野の中心課題であるために障害者の権利推進の方法という2点から、ガイドラインの必要性が出てきた。
 CBRの概念は、医療から権利を基盤としてアプローチに変わってきている。そのためガイドラインの目的は
@ 明確な概念や筋道、実施例を提供して、医療から権利への焦点の移行をCBRの中で実施するよう方向性を提示する
A 条約を活動の基礎として盛り込む

<関わる人々>
 ガイドラインの対象をCBR実施者として、彼らに実際に使ってもらうことを意図している。作成に当たっているのは、UNESCOやILOなどの国連機関、政府、障害者団体、INGO、義肢装具やPT、OTなどの専門家NGO、CBRのマネジャーを初めとするCBR実施者であり、彼らが諮問グループを形成している。

<内容>
内容は、保健、教育、暮らし(livelihood)、社会(social)、エンパワメントの5項目のそれぞれに、序、上位目標、目的、成果、戦略、提案される活動が含まれる。ガイドラインではあるが、マニュアルとガイドラインの中間に位置する、段階的に叙述する参考文献であり、概念や規範双方のどちらでもない。
作成に当たっての課題は、
@ 多方面の人が関わっている
A CBRへの考えかたが異なる
B 個々のCBRプログラムが異なる
C 文化により問題点は異なる(5つのコンポーネントを把握している人がいない)
D 5項目全てを知る人材がいず、情報を得にくいコンポーネントもあった
 これらを一つにまとめる作業は2008年11月に終了予定である。

<ガイドラインの意図>
 ガイドラインの使われ方として想定しているのは、
@ 自分のCBR改善の鍵として
A 自分の知識がなり分野のギャップを埋める  そのために実践がしやすくなる
 5つのコンポーネント全てをしなければいかないわけではない。理想は5つ全てに関わるものであるが、全部を一度にやる必要はない。
 各コンポーネントでなるべく沢山ベスト・プラクティスを入れる。そのためにデータ・ベースがすでに作成されている。それをすべてウェブに載せるには、人手がない。
 権利条約とのかかわりを詳しく説明する文章ではあるが、まだ条約を広める段階である。WHOの中に権利条約を取り入れるために、条約を担当する人を雇っていく。ガイドラインは、CBR実施者に考えてもらう材料を提供する。

3 所感
 斉藤氏の発表を伺い、CBRは地域社会が障害者が平等な一員として暮らせるための方策を提供しているので多方面の活動を網羅し、医療リハビリテーションから始めなければCBRではないとするような風潮に歯止めがかけられるのではないかと考えた。しかし一面手がつけられない強大化したマンモスであるので、CBRの名前で誰が何をやっても許される状況に手が出せないのではないかとの危惧も感じた。
 障害関連予算が不十分な途上国でCBRは必須のプログラムである。しかしCBRに着手できるほどにコミュニティの人々活動が活発になっても、予算がつくのはCBRワーカーへの手当てであり、障害当事者に裨益することは少ない。当事者団体がすでに組織化されているところでは、彼らが自立生活運動を始めたることを進めたい。CBRワーカーが活動の中心を担うのではなく、自分たちで実施していくことが、自分たちのニーズを満たす一番の方法である。また日々直面する差別の中から権利の問題を考えていくほうが、権利条約推進のための最適な方法であるはずである。