「アジア障害者の10 年」はさらに続く――びわ湖ミレニアムフレームワーク

森壮也


 近年、開発途上国についての様々な側面が注目されるようになってきている。環境然り、社会資本然り、ジェンダー然り、である。そしてもうひとつ、最近、「障害と開発」という新しいトピックスが世界銀行、アジア開発銀行をはじめ世界の援助関係機関に登場し始めている。
 2002年は「アジア障害者の10年」の最終年であった。これを記念し、いくつかの大きな会議が我が国でも開催されたが、その中でも、10月の「障害者インターナショナル」(DPI)の世界会議(札幌)、「アジア太平洋障害者の10年推進NGO会議(RNN)」の最終年記念大阪フォーラム、そして11月の国連ESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)最終年政府間ハイレベル協議(11月)であろう。DPIは身体、知的、精神などの障害の種別を超えた1981年に設立された世界的なネットワークである。RNNは、これに障害リハビリテーション専門家の国際的ネットワーク「リハビリテーション・インターナショナル」(RI)などが加わってできた「アジア障害者の10年」の推進母体である。国連ESCAPは、言うまでもなく国連の一組織であるが、タイのESCAP事務所に自らが車椅子使用者でもある障害担当の専門官を置き、加盟国間の諸調整に当たってきた。

●「アジア障害者の10年」からBMFへ
 「アジア障害者の10年」は、北京で1992年に開催された第48回年次総会の場で宣言され、1993年〜2002年までの10年間に取り組むべき12の行動課題を決議し、これまで実施されてきたものである。その後、マニラ、ジャカルタなどアジアの各地で毎年、RNN会議が開催されてきた。この行動課題等の詳細については、本誌1997年第24号の特集「発展途上国と障害者」をご覧頂きたい。
2001年ハノイで開かれたRNNキャンペーン会議では、この「アジア太平洋障害者の10年」の継続が提案され、翌年5月の第58回ESCAP総会決議でこの2003〜2012年までの延長が宣言された。同年11月のESCAPの協議では、この「アジア太平洋障害者の10年」を総括し、そのポスト10年を位置づける枠組みとなる「びわ湖ミレニアムフレームワーク(BMF)」の検討と採択が行われた。

●なぜ「障害と開発」か
 ここで少し話を戻して、なぜ、今、「障害と開発」というテーマが注目されるようになったのか、少し解説をしておこう。
 WHO(世界保健機構)の推計によれば、世界の全人口の10%は障害者であり、その数は5億人、うち80%が開発途上国に居住しているといわれている。
すなわち、障害と貧困とは密接に結びついており、これらは連結した形で取り組まれなければならない。このことは障害と開発とが双方向的に結びついているということと関連している。障害者(PWD)であるということは、そうでない人たちと比して低い教育レベルしか受けられないリスクを負うことになり、そのことが同時に低い所得レベルに追い込まれる結果を招く可能性を持つことになる。これが障害者の所得を貧困線以下にしてしまう。もちろん障害のみが貧困リスクを高めるわけではないが、障害は貧困リスクを確実に高める。
 これまで障害のこうした側面、人的資源が活用されていない面、最貧困層という側面は、開発の議論の中で取り残されてきた。不思議なことだが、障害があるのだから何か不利があるのが当たり前であるかのように、開発の議論の中でも看過されてきたのである。開発に絡む多くの問題と同じように、いやそれ以上に開発の問題と開発途上国の障害者の問題が密接な関係があることは、先の全世界の障害者の8割が開発途上国に居住しているという数字をみても明らかであろう。また同時に障害と貧困との関係が先進国以上のものとなっているということの意味は、単に先進国の事例を引っ張ってくるだけでは、解決できない問題が数多く潜んでいることを示唆するものだとみるべきではないだろうか。
 ただ、同時に「障害」の国際比較については、各国で「障害」の範疇基準や推計方法などが異なるという問題が残されていることも指摘しておく。しかし、この事実は先進諸国よりも途上国で障害の発生率が高いという実態には、影響を与えない。

BMF――新たな課題と枠組みを取り込んで
 新たなポスト10年で取り組むべき優先課題として、ESCAP「BMF」は、次の領域を挙げている(図参照)。

優先課題間の関係


@ 障害者の自助団体、A女性障害者、B障害の早期予防と教育、C自営を含む職業訓練と雇用、D建築物・公共交通機関へのアクセス、EICT(情報通信技術)を含む情報と通信へのアクセス、F能力開発、社会保障および持続的生計手段支援を通じての貧困削減
@障害者の自助団体および両親の団体
 最初の「障害者の自助団体および両親の団体」というのは、障害者自身こそが「自分自身と他の障害者のために支援し、情報を伝え、認識を広めるのに最も適任である」という考え方に基づいている。このため、「彼らの自己代表の権利を認識し、意思決定過程に参加するために必要となる能力を向上させることが肝要である」とされている。また同時に子供や自分自身について発言できない場合には、その「両親、家族やその他の支援者が、そのような支援が不必要になるまで、こうした人たちの権利やニーズの主唱を助けるべきであり、またそれが可能であるべきである」という。
 ミレニアム宣言での目標として、この分野では、(1)「政府、国際融資機関、非政府組織(NGO)は、2004年までに、特にスラムや農村居住者に焦点を当てつつ、すべての分野における障害者自助団体の形成と発展を推進するために、適切な資源配分措置を伴った政策を採用する。また政府は、2005年までに地域レベルで、親の会の形成を保障するような段取りを行うべきであり、2010年までには、これを国レベルで連合化する」、(2)「政府と市民社会団体は2005年までに、障害者の生活に直接、あるいは間接的に影響を与えるような事業の策定と実行に関する意志決定過程に障害者を組み入れるようにするという2点が策定された(以下、ミレニアム宣言の内容に関わる部分においてカッコ内の番号は、宣言での通し番号)。
A女性障害者
 これは、障害の分野でもジェンダーについての理解が進んできている状況を反映したものであり、障害者のなかでも「女性・少女障害者は、障害を持った男性・少年に比しかなりの程度、家族の中で差別に直面し、保健、教育、職業訓練、雇用および所得機会へのアクセスを否定されており、社会的・地域的活動から差別されている」という認識に基づく。このため、各国政府は、必要な支援サービスを提供し、また、女性障害者によるメインストリーミングの開発への完全参加を促進し、この不平等を是正する特別な責任を有するとされた。
 ミレニアム宣言でのこの領域での目標は、次のとおりである。(3)政府は、2005年までに、適切な場所でもって、女性障害者の権利を守る反差別的施策を確保する。(4)各国の障害者自助団体は、2005年までに、組織的管理、組織的訓練、権利擁護プログラムをはじめとする諸活動への女性障害者の全面的な参加と平等な代表を促進する方針を採用する。(5)女性障害者は、2005年までに、国のメインストリームの女性団体に含まれるべきである。
B障害の早期予防と教育
 3番目は、アジア太平洋地域において同年齢の障害を持たない青少年の70%以上が初等教育を受けている一方で、障害を持つ青少年の比率は10%未満という実態がその背景にある。
 出生時〜4歳の間の早期検査と発見により、早期対応へのアクセスが必要であり、障害児の潜在能力を最大限発揮させることを可能にするために、両親・家族への支援や訓練も必要になる。ミレニアム宣言では、以下の3つが政府の目標として記されることになった。(6)障害を持つ児童・青少年は、2015年までにすべての男子および女子が初等教育課程を完全に修了することをミレニアム開発目標の最も重要な対象のひとつとする。(7)2010年までに、障害を持つ児童・青少年の少なくとも75%が初等教育課程を完全に修了できるようにする。(8)2012年までに、家族が支援と訓練を受けながら、すべての乳幼児と幼児(0〜4歳)が、地域ベースの、子どもの生存を保障する早期対処サービスへのアクセスを持ち、受けられるようにする。またこれには子供の両親へのサポート、訓練も伴うものとする。(9)政府は可能な限り早い段階での障害の予防を保障する。
C自営を含む職業訓練と雇用
 次の「自営を含む職業訓練と雇用」というのは、障害者をいかに経済のメインストリームに組み込むかという問題である。「障害者、特に女性、青少年および農村地域の障害者の多くは教育や職業訓練を受けておらず、また、雇用されておらず、能力以下の仕事に従事しており、貧しい状況にある。」こうした「職業訓練と雇用の問題は、障害者の地域社会への全面的参画を念頭に、また変わりゆく人口動態や雇用というマクロ的な観点から検討されねばならない」という。この領域でのミレニアム宣言の目標は以下のようになっている。
 (10)2012年までに、少なくとも署名国の30%が、職業リハビリテーションおよび雇用(障害者)に関する条約(No.159、1983年)を批准する。(11)2012年までに、全ILO加盟国の職業訓練事業の少なくとも30%には、障害者を組み入れ、また、彼らのために適切な支援および職場・ビジネス開発サービスを提供する。(12)2010年までに、すべての国で、障害者の雇用率および自営率を示す確かなデータを揃える。
D建築物・公共交通機関へのアクセス
 「建築物・公共交通機関へのアクセス」に関しては、今日もなお、アジア太平洋地域における障害者の積極的な社会・経済活動への参加を妨げる主要な障壁となっている。アクセスできない施設、道路、及び交通機関を開発過程において整備するということは、とりもなおさず、障害者とその他の社会のメンバーを差別する政策を政府が自ら行っているに等しい。ODAなどの支援や融資の条件にアクセス条件を付け加えるということは、援助する側にとっても忘れてはならないものであるといえよう。
 こうしたアクセスが不十分な実情に対し、ユニバーサル/インクルーシーブ・デザインという考え方が提唱されている。アクセスできる環境の整備を求める障害者による闘争の結果として生まれたこの考え方は、障害者だけではなく、高齢者や妊婦、幼い子供を連れた両親といった社会のその他多くの人々にも役立つものである。また物理的障害は、障害者の完全参加を妨げることで、経済的・社会的生産性を低下させることが分かっている。こうした問題を解決するために、ミレニアム宣言では、(13)各国政府は、地方農村部を始めとする、公共施設および公共交通機関に関する計画のためのアクセス基準を採択し、実施する。(14)新規に建造する陸上、水上、大量輸送鉄道および航空輸送システムを含むすべての公共輸送システムは、障害者と高齢者が全面的に利用可能なものとし、既存の陸上、水上、航空公共交通システム(車両、停留所、ターミナル)は2012年までにアクセス・利用可能にする。(15)インフラ開発のためのすべての国際・地域融資機関は、その融資・補助審査基準にユニバーサル・デザインの概念を採用すべきである。
EICT(情報通信技術)を含む情報と通信へのアクセス
 「ICT(情報通信技術)を含む情報と通信へのアクセス」では、障害者に関して、良い面、悪い面、双方が存在する。多くの障害者がICTの発展による利益を受けており、盲ろう者が繰り返し使える点字読み取り機を使えたり、重度脳性マヒの人はインターネットを通じた情報交換に参加できるようになっている。しかし、これらの便益の多くは先進国の障害者に限られている。また先進国でもオンライン登録や銀行業務・買い物取引が、認知・知的障害者や視覚障害者にはアクセス可能でないことがあったりするケースが存在している。
 さらに開発途上国の農村部の貧しい障害者の多くは、このICTの使用自体から疎外されている。2000年に開催されたアジア太平洋情報社会サミットでは、デジタル・デバイドと呼ばれるICTによって生じた障壁は、収入、年齢、性別と並んで障害をその原因のひとつとして挙げている。
 これらの問題に対処するために、びわ湖ミレニアム宣言は、この領域で、(16)2005年までに、障害者が、その他の人々と少なくとも同じ割合で、インターネットとその関連サービスにアクセスできるようにならなければならない。(17)2004年までに、ICTの国際基準に責任を持つ国際電気通信連合(ITU)や世界貿易機関(WTO)といった国際機関は、ICT国際基準に障害者のためのアクセス基準を組み入れるべきである。(18)2005年までに、各国政府は国のICT政策に障害者のためのICTアクセス基準を導入し、特に適切な手段でもって障害者が受益対象者に含まれるようにする。(19)政府は、標準的な手話、指点字、蝕手話を各国で開発、調整するべきである。またあらゆる手段でもって(つまり刊行物、CD―ROM等で)その結果を普及、教育すべきである。(20)政府は、各国で手話通訳者、点字通訳者、指点字通訳者、対面朗読者を訓練し、派遣するシステムを確立すべきであり、これらの人々の雇用を奨励すべきである、という内容を策定している。
F能力開発、社会保障および持続的生計手段支援を通じての貧困削減
 最後の「能力開発、社会保障および持続的生計手段支援を通じての貧困削減」というのは、先に述べたように貧困は障害の原因でもあり、結果でもあるということと関連している。予防とリハビリテーションとを関連付けた統合的なアプローチが必要であり、開発の主要な問題として、障害の重要性が考慮されなければならないということを意味する。世界の貧困を撲滅することは、障害者の権利とニーズが考慮に入れられない限り、達成されえないのである。いわゆる貧困撲滅のための努力が、貧困からの救出が容易な層にのみ向けられてしまいがちであり、そうした戦略は重要かつ悪影響を被りやすい障害者層を見逃してしまう危険性を持つ。このことを踏まえ、より優先的な貧困目標グループに障害者が含まれるような意識的な努力が必要である。こうしたことから、ミレニアム宣言では、(21)各国政府は、1990年から2015年の間に、1日の収入・消費額が1ドル未満の障害者の割合を半減させるというかなり具体的な目標値が盛り込まれた。

まとめ
 BMFという新しい枠組みでは、ジェンダーの問題や貧困撲滅とのリンクなどかなり意欲的な取り組みがされている。しかし、今回、アジア太平洋障害者の10年がなぜ続行されることになったのかを考える時、この宣言が持つ意味は重い。またESCAP加盟国間でもこれらの課題を各国がどのように実現するかをめぐってのせめぎあいがある。既存の福祉枠組みの中で調整可能な変更のみにとどめようとする(多くは)先進国側と、先進国からの援助をこうした分野でも引き出そうとする開発途上国側とのかけひき、NGOによる加盟国政府代表との協調行動など、開発と障害をめぐる国際舞台のかけひきもある。しかし、大事なことは、多くの開発途上国で障害者の問題は依然としてまだ十分に手をつけられていないという事実である。この問題にきちんと向き合うこと、これを忘れてはならない。そして世界の最貧地域を抱えるアフリカでもアフリカの障害者の10年(2000-2009)が、すでに始まっている。

ワールド・トレンド92号、2000年5月、28-31頁に掲載されたものを日本貿易振興会アジア経済研究所研究支援部の許可をえて掲載しました