バングラデシュの聴覚障害教育

第90回アジア障害者問題研究会報告
1999年1月9日  
日本キリスト教海外医療協力会・荒井真理


*教育に関心を持ち日本聾話学校で働いている時に、ACEF(アジアキリスト教教育基金)に関係していた。そのカウンタ−パ−トのバングラデシュ代表マラカ−ル女医が医師として多くの難聴の人に出会い、聾学校の設立を計画した。彼女に要請され、日本キリスト教海外医療協力会ワ−カ−として1995年に派遣され、昨年9月に帰国した。
*国際NGOワ−ルド・コンサ−ンが支援するヒヤ−プロジェクト(Hear Project)の4ヵ所で仕事をしていた。ダッカに事務所があり、93年9月にマイメンシン、次にボリシャル、最近はシャバ−ルに聾学校を開校している。民間のハイケアの11校を筆頭に、全国に35校ある聾学校のうちに数えられるが、社会福祉省に登録していないため、政府の援助がもらえない。
*併設の、午後開かれるヒヤリング・センタ−では 120デシベルまでの聴力測定も行う。そのためダッカまで聴力測定に出かける必要がなくなったが、地元の医師はまだ金持ちをダッカに送っている。
*補聴器は大切に扱ってもらうために買ってもらう。耳型より修理しやすい箱型の補聴器が近年先進国では装用されなくなり、流通しなくなっている。政府が補聴器の使用を保障している英国であまった古い箱型のものが間接的に寄付されているが、今後は期待できない。最近シ−メンスが新たに途上国向け箱型補聴器を販売し、ダッカのNGOハイケアが輸入している。毎朝生徒の補聴器を検査し、自分で修理できる技術を習った。不可能なものはハイケアや国立聴力センタ−(National Hearing Center )に送った。去るに当たって、修理技術の移転ができなかったことは残念である。
*プロジェクトでは、5年生までを対象に、読み書き、算数の他に、カリキュラムに余裕がない、教師がいない、イスラム教は偶像崇拝を禁止する等の理由で普通校では行われていない情緒教育にも力を入れ、歌やダンスも教える。教師の多くは、家族に聴覚障害者がいることが主な理由で働いている。家庭訪問は家での補聴器の使用の確認、家族や集まってくる近所の人たちの啓発、近所の聴覚障害者への相談の機会の提供にも役立っている。*インテグレ−ションを奨励しているが、普通校は1クラス50−60人、多いと80人もいて前の席を確保したり、静かな環境で補聴器を使って授業についていくのが難しい。
*親は子供が学校に行く時になって子供の聴覚障害のために何かをしようと思い立つが、その時から補聴器を使うのでは遅い。初めて聾学校のことを知った親が145才になった子を連れてくることも多く、経験はなかったが受け入れてみたところ予想よりは良い言葉の発達を示した。
*子供二人が難聴であった母親は、若くして結婚して教育を続けられなかった自分の経験から、夫に長男にダッカでの検査を許してもらい、次に補聴器の購入を頼み、次に聾学校のあるマイメンシンへの夫の転勤を頼み、女の子には教育はいらないと言う夫に長男の成長ぶりを納得させ、妹にも教育を受けさせることができ、泣いて頼んできた甲斐があった。
*耳掃除の文化がなく、町には道具一式を抱えた耳掃除屋がいる。