ネパ−ルの盲学校
            
第87回アジア障害者問題研究会報告
1998年10月10日
久我山盲学校・阿由葉綾子


*青年海外協力隊員として98年7月まで2年間、ネパ−ルの盲学校で働いた。
*失明原因は、日本ではほどんど見られなくなった病気(トラコ−マ、重度の角膜炎等),血族結婚による遺伝や怪我、30歳以上では老人性白内障が多い。
*学校は10−4時までで昼に1時間以上の休憩があるが、大抵の教員は他の仕事をもっている場合が多く、遅刻し早く帰る。授業もそれに合わせての時間になってしまう。クラス内は男女に分かれて座ることが多い。小学校は5年生までで、女子は教科書無料、中高は3年間と2年間で女子の授業料は無料。制服や文房具は自分で揃えなければならない。公立と私立の差は大きい。SLC(高校卒業資格試験)の合格率も大きな差があり、金持ちは私立(特に都市の)学校に子供を送る。SLCにパスすれば高等教育に進め、小学校で教えることもできる。地方では教員不足のため、SLCをパスしなくても教師として働いている場合がある。
*教育省の組織であるBPEP(Based Primary Education Planning)は元々は就学率の向上を目的としていたが、障害児教育にも手を付け出した。
*最初の盲学校はカトマンズの統合校に寄宿舎併設で開設され、2番目にダランに寄宿制盲学校が開設され、その後は普通校に視覚障害者専用ホステルを作り統合教育を行う形式が主流である。最近はCBR活動の一環として視覚障害児が自宅から地域の学校に通うケ−スも見られる。設置基準、入学基準になる視力の程度など摺mな方針はないが、ネパ−ル全土で現在500 人ほどの視覚障害児が学校教育を受けている。NAWB(ネパ−ル盲人福祉協会)では27校を外国からの援助金を元に資金援助している。その他BPEFやNGOが運営して学校がある。食費や生活費すべてを面倒見ているホステルが多く、親は全盲の子供を手伝いもできない厄介者と考えて、ホステルに居させたいと思っている場合も多い。学校によっては生活訓練のため課外に畑作りや、歩行訓練など教えている。ホステルの居住環境はさまざまで、BPEPはホステルを学校外に作るように指導している。
*卒業生は今まではほとんど教員になっていたがもう限界である。針灸師はカ−ストや習慣(他人の身体に触る、衛生状態、対象が外国人になり経済的自立が困難)により難しい。
*ポカラ市アマルシン高校は小学校から高校までの統合教育校で、1クラス50−60人。高校は女子の比率が多い。ブラインド・セクションに視覚障害の先生がいる。小学校普通クラスの音楽、ネパ−ル語を教える。SLCは口頭で回答しライタ−に代筆してもらう。現在ホステルに30人住んでいるが、希望しながら待機している者もいる。生徒の中には就学が遅れて10年生で234才の人もいる。
*NAWBがネパ−ル製の点字の教科書や盲人用そろばん等の手作り教具を作っているが、点字器を初め教具の大半は輸入に頼っている。パ−キンス・タイプライタ−はどの学校にも1台はある。但し教材・教具を使って教えるという意識は普通クラスの先生にもない。
*バラのCBRセンタ−では部屋が狭いため、鏡に写ったものを見て視力検査をしていた。
*毎年カトマンズで全国(とはいってもその周辺)の各種障害児学校が運動会を行う。
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添付資料1 ー ネパールの視覚障害児教育の問題点について                      久我山盲学校・阿由葉綾子
        
 1996年ア月から1998年7月までの2年間、青年海外協力隊員として(職種養護)
ネパールに住み主に視覚障害者に関係する協力をしてきた。この体験から自分で見て感じたことを次にまとめてみた。なお、ネパールの社会状況、社会習慣、教育事情などがあり一概に比較したり批評したりすることはできないのは承知の上である。先にも書いたように感じたことまた見たそのままを記録するように心がけた。

 *社会状況、社会習慣:ザート(カーストと民族、種族)により職業、社会的地位が決まってしまう。法律的には廃止されたことにはなっている。
  宗教と関係した社会習慣でもらえる物はもらっておく。もらうことに恥ずかしさ抵抗はない。上げる人に徳を積ませて上げる。もらって上げる。親戚親族は結束が大変固く協力し合うが他人には無関心か排他的。民族によって習慣や言葉も違う。ネパール国民の意識がない人が多い。多くの人のあこがれが「外国に行ぎ(出稼ぎ)4,5年我慢して稼ぎお金を国に持ってきてホテルでも建ててのんびり暮らす事」である。

 *教育事情:6歳で入学。小学1〜5年(削等教育)、中学6〜8 年、高校9,10年(中等教育)10年卒業で高校卒業資格試験(SLC)を受けてパスすれば高等教育を受けられる。 高等教育は2年間のキャンパスと呼ばれる期間、その後2年で大学卒業資格となるが政府は他の諸国並に12年間の初等中等教育後、高等教育に進むように移行するよう勧めている。教員資格は小学校レベルはSLCパスすれば自動的に資格が得られる。
  国家予算の50%以上は外国援助пi1997年度575億6561万5千ルピーヽ約25億円)教育予算は国家予算の13.48%(77億5929万7千ルピー、初等教育はそのうちの52%)学校入学率は80%以上その後50%づつ落第や退学小学校卒業は入学者の半分。 10年生終了し、SLCパス率は小学校入学者の10%以下。
  (I)問題点
   1)教員の質
   ア.点字が少し読み書き出来るだけで視覚障害児教育が出来ると考えている人が、役所の人間だけでなく教員自身にも多く居る。現在視覚障害児教育に携わっている視覚障害者の教員やりソースルームティチャーも含まれる。
 SLC(日本の高校1,2年生程度?)もその内容の半分程度の問題が出来ればパスできてしまう。 しかも暗記中心で自分が覚えてきたこと以外の問題を応用して解く力に大変乏しい。意欲も高くはなく公立校の普通クラスの先生は授業の半分は教室に居ない。授業が始まり15分位して教室に来て教科書を読み問題を与える。そして授業の終わる10分前くらいに教室に来る。これが平均的な授業である。高校ではもう少し教員が教室に要る時間は長いが、板書しながら講義しそれを生徒がノートに写して終わる。講義は教科書にあるそのままの問題を教員が解いていくのである。統合と名がつき普通クラスに生徒が学ぶ限り普通クラスの教員についての話を抜きには進まない。
 視覚障害を持つ先生(統合校のブラインドセクションの出身である)の中には分数゜小数を学習した事がないと言う人が居る。これでもSLCはパス出来る。また普通クラスの先生でも中学生レベル(ネパールの6,7,8年生)の内容が理解されていないрアれでは理科・数学の点字コードを理解し覚えるどころではない。この様な状況では点字の読み書きが出来るだけで特殊技能とみなされても仕方ないのかも知れない。さらに充分普通文字で読み書き出来、歩行訓練も必要ない生徒が点字で学習しているのを見るに付けやりきれない。どの子に特別な教育が必要かという基本が理解されていない。また教員によってはその事自体に関心がない場合もある。医師の診断書いさえ視力や眼疾が書かれておらず盲学校適としか書かれていない事も多い。
   イ.りソースルームティチャーの仕事は何か彼ら自身も理解していない。ほとんどの教員はホステルの運営の為の資金集めが主な仕事と思っている。また他の役所でも同様のことが言えるが金をどれだけ多く集められるかが評価の対象の大きな要素となっている。外国の金でりっぱなホステルを建てる事が評価の対象になりがちで、自分達で工夫して身近な材料や道具で何とかやろうという発想に大変乏しい。
 ウ.現在統合という形で教育しているが普通クラスの教員は「SLCにパスする率が高く頭が良い生徒」(これには後で述べるような理由がある)という評価である。友人の多くも同様である。しかし教科によっては視覚障害者は出来ないと授業から返される事がある。これは視覚障害者を一見評価しているようだが正当な評価ではない。特別視している。しかし教員も視覚障害児もその事にまだ気付いて居ない。
   2)統合という名の教育について
   ア.一緒に居れば「統合」と考えて居る教員がほとんどであり統合教育が何故どのように良いのかが答えられない。既存の学校に障害者を入れれば新たに学校を作るより安く済む、と言った発想もあった。ホステルの設置や運営に伴い多額の補助金が来る事により何らかの利益があるではないかと考えブラインドセクション設既に賛成した学校もある。
     障害児教育、更に視覚障害児教育は外国からの援助や発想で行われてきておりどのやり方がネパールに合っているのかという検証無しに受け入れ進められてきた感が有り、ネパール人自身の理解度はたいへん低い。
   イ.但しネパールの授業形態、教授方法からすると視覚障害者は共に学びやすい。これは元々聞いて覚える事が中心で現在もその状況は大きくは変わっていない。これが視覚障害者には逆に幸いしている。しかしモビリティーや点字についてきちんと教える時間が取られておらず身につけないまま卒業し教員になってから困っている場合がある。先にも述べたようにブラインドセクションの卒業生の中には小学校レベルの算数もきちんと学習されないままSLCをパスし教員になっている人も居る。
   3)ホステルについて
   現在ほとんどの学校で視覚障害教育=「視覚障害者専用ホステルに無料で入れる。」という考え方で行われている。ここには以下の問題点があると考えられる。
   ア.全て無料にしてしまうことの弊害がある。障害を持った子をどうしようかと親が考えた時期、無料でしかも自分達の目の届かない所に行ってくれるで大歓迎である。長期休みにも迎えに来なかったり、手術が必要な病気でも親や親戚が来ない。貧しいからと言い訳するがネパールでは普通は考えられないことである。更にその様な家庭でも話しを聞くと兄弟が私立校に通っていたりする。また相談に来た親の中にはホステルに入ればただだ、と聞いてきたと何回も話す親も居る。社会習慣が違うということもある。親や親戚がこの様な扱いをしていては視覚障害者の社会参加はおぼつかない。ただなら一というのは福祉や教育の分野に限らずこの国の誰もが考えている事であり援助のあり方をも考えさせられる。更に生徒自身が与えられるのが当り前という意識になる。自立しよう自分で何とかしようという気持ちどころかなんでくれないんだと言う。点筆などなくしても平気になっている。教員もどうせただだから言えば何処かが寄付してくれると考えている人もいる。 2ケ月の長期休み床屋に行かず休み明けすぐに床屋に行くから金をくれと言いに来る。ということが起きてしまう。
   イ.例え親の理解があっても足掛け10年しかも幼年期から親子が離れて暮らせば関係の希薄になる。これは日本の視覚障害教育でも言われた事であり、問題にもなっでいることでもある。
   ウ.ネパール交通事情を考えると寮が必要な場合もあるが金がかかり過ぎる。
30人に8ラーク(160万円以上)近くかかっている。規模が大きくなればコックやその他の人間を大勢雇わなければならない。資金集めや運営自体に時間と人が必要になる。すべてただにしていくと就学が必要な視覚障害児をネパールで全員就学させるのは無理である。(現在でもホステルに入っているつまり教育を受けているし視覚障害児は500人にも満たない。 CBRプログラムで自宅から通学をしている生徒も居るが。)
   エ.朝晩勉弛のために家庭教師のように教員を雇い勉弛させている学校もある
SLCパスのためである。しかし一般の家庭とかけ離れたやり方でパスして果たして社会に受け入れられるのだろうか。(ネパールでも金持ちは塾に行ったりするが)またSLCをパスしなければいけないという事を教師からいわれ続け子どもにとってもストレスである。どう考えてもホステルに居る生徒全員が合格できるとは考えられない、何らかの操作も考えられるし(これは後に述べる)中途退学(退校)も見られる。インテグレートの本来の意味である社会参加はますます難しくなる。
   オ.障害者問題とと外国援助が絡み合いビジネスになっている。
   3)卒業後の問題
   ア卒業しSLCをパスしたら教員になる事が山来ると思い込んでいる生徒は多い。教員になった視覚障害者の話しを聞いたり、SLCをパスしなければというプレッシャーを考えるとしかたないが現実は甘くない。教科によっては指導出来ない教科もある。これは視覚障害そのものに起因する教科と数学等のように授業できちんと教えられなかった、または授業からはずされて居た場合が考えられる。しかもネパール全体の傾向として卒業生は地方へは行きだがらない。これでは供給過剰である。生徒は地道な仕事には就きだがらない。 SLCをせっかくパスしたんだからという思いはわかるがそんなことを行っていては仕事には付けない。晴眼者でも都市で仕事に就くのは難しい。高学歴者ほど仕事がないうけられる。が何とかたべて行かれるのがこの国のすごい所ではある。視覚障害者=役立たずの思い込みは人々から消えない。大きな事でなくても生活して行ける術を身につけて欲しいと願う。実際に田舎で竹細工で生計を立てたり肥料づくりもうまい人もいる。
   イ.マッサージや針は日本で伝統的に視覚障害者の仕事と位置づけられて来たがネパールでは社会的、衛生的に可能か考慮の余地がある。特に針は病気感染の恐れもある。
   4)教材教具の不足不備
   ア.教材教具については地方格差、学校格差が大変大きい。点筆や点字版がない学校ある事も確かである。与えられる事に慣れていて教材を手作りする意欲ыH夫に乏しい。
   イ.点字教科書の不備。図版がない。誤りが多い。製本がきちんとしておらずページが抜け落ちてしまう。等
   ウ.点字教科書にの配布の遅さ。交通事情よりも役所間の連携の悪さ仕事の遅延に寄る所が大きい。また普通教科書の印刷もギリギりでその後に点訳を始めることも配布の遅延の大きな原因である。
   5)試験制度
   ア・読み書きの正確さを教員も生徒も余り考えていない。英語の縮語や数学記号は教えない場合ある。またライターを使う事によって公正でない場合がある。これではパスして教員になってもまともな授業は出来ない。現実にブラインドセクションを卒業した教員が直面している問題であるが当事者は原因に気付いていない事が多い。
   イ.校内はでテストの答案をトランスレーターが正確に訳さずミスを直して書いて正解にする場合もある。もっとも普通クラスでもカンニング等はいけない事にはなっているが実際は教員自身が生徒の質問』こ答えを教えていたりするсpス率が教員の評価の一つになるからである。しかし授業中に教員が居ない事も当り前なのに出来ないにのは生徒の能力がないからと言い切る教員もいる。
   6)問題解決のために
   学校レベル 
   1)ブラインドセクション:
     ブラインドセクションに生徒を入れる前にきちんと視力検査する。また他の障害がないか等も充分調べる。医者の診断書には視力、眼疾等明記してもらう。
     リソースルームティーチャー1名(晴眼者)またはリソースルームティーチャー1名(晴眼者)と視覚障害を持つ教師1名の構成とする。
     リソースルームティーチャーの普通クラスの授業は1日1〜2時間にし普通クラスで出来ない教科や点字等必要な事を視覚障害児に教える。ブレイルクラスも教える。トランスレーションも行う。
     更に校内の教員に「基本的な点字」(アルフベット、数字等)「介助歩行」を教える。講習会ではリソーステイーチヤーが講師となり行う。
     更に基本的にトランスレーターは置かない。視覚障害を持つ教員はリソースルームテイーチャとはしない。普通クラスを1日3時間程度受け持つ。その他の時間はブレイルクラスで教える。勿論視覚障害児の居ない学校にも視覚障害教員を配置し他の教員と同等に教える可能性もある。視覚障害児セクションの教員2名位で指導山来る人数に生徒数を押さえる。(10名、多くても15名)運営がし易い。教室も一部屋か2部屋ですむ。視覚障害者ばかりかたまらない。ホステルに入れなければならない場合も運営しやすいし、家庭的な雰囲気が維持出来る。その分多くの学校に設置しなければならないが視覚障害の教師を採用する可能性が増える。また生徒も家庭から通学し易くなる。
   2)普通クラス:
     上記の点字の講習を受けるように進め理解を図る。哀れみ同情でなく基本的な障害児への理解も同時に進める。
   3)ホステルについて:
     ブラインドセクション=ホステルではないことを教員や親に理解してもらう。出来るたけ家から通うようにさせる。(何のためのホステルか、朝晩の勉強のためや貧困の為だったら視覚障害と一端分けて考えるようにする。それはどの家庭のも当はまる問題である。)親の理解のためにも親から離すより一緒に暮すように進める。通学手段の確保のためにもモビリティーが必要なり効果が上がる。
     どうしても設置しなければならない場合でも(1)学校の敷地内に置かない(遠くても不便だが)民家などを借り地域との交流を計る。3〜4人多くても10人以内運営もし易い。(2)全くの無料にしない。お金(食費)が払えなくても寝具や服は家庭から持って来てもらう。また家庭と同様に家事を分担させる。畑を作ったり条件が許せば家畜を飼ってもよい。学校ではこの様な教科・内容は視覚障害者似は無理と外される事がある。これを補う意味でも、また実物を触り体験する機会を増やす事は特に視覚障害者に必要である。これはデイリ―リビングスキルのためにも必要である。何か出来るという自信にもなる。
   4)卒業後の為:
     学校でも手の巧緻性のために編み物竹細工等を教える(特にホステルに生活する生徒に)但しデイリ―リビングスキルが身についた5年生以上の生徒を対象にする。更に学校卒業後の職業訓練も考える必要があるがこれは学校教育とは別に地域の産業と結びついた事を考えるべきである。中途失明者のケア、そして社会参加にもつながる。
   学校以外から
   1)点字教科書:
     これはNGOのNAWBで作成し日本ヘレンケラー会も援助している。日本への指導者派遣研修や技術指導も行なっているが定着するのはまだ時間が必要である。製本については直ぐにでも改善出来るはずとの協会の方の話である。図版をようやく製作し始めたが本当に視覚障害者が解り易いものになるには時間が必要である。点字図書館でも点字本の製作やテープづくりを行なって居る。ここの対象は高校卒業後の人である。貸し出しも行なっている。ここでも日本のNGOが援助している。
     製作した教科書の配布の問題は郡の教育事務所に学校から決められた期限までに書類を提出しbpepに送るようにしてはどうか。バラバラに送るよりは事務処理が円滑に進む可能性が大きい。点字教科書を作成しているNAWBには提言した。
   2)点字板・白状:これはネパール国内では現在のところ、使用出来るものは生産出来ない。このため輸入に頼っている。しかし教員生徒はこの事を理解していない。ただだと考えている。何とか国内でも生産出来るようにならないか。杖は竹を少し削り色を塗れば充分使えるものが作れる。
     教科書・点字板等は5ルピーでも良いから金を払うようにするべきである。気持ちの上での自立を促す意味でも子供達の精神的な成長のためにも必要である。     3)教員の養成:
   現在はリソースルームテイチャーに対しNAWBや特別教育局などで講習会を行なっている。問題でも述べたように基本的な意欲や質が大きく問われているレベルである。しかし現職教員には講習会を積み重ね理解を深めていくしか現在のところは手段がない。りソースルームティチャーに最低必要な事を理解してもらう。
   リソースルームティーチャーの仕事は何か、統合教育とは何か、障害者の社会参加、眼と病気、視力 親との接し方、弱視児について、Braille,oricntation and Mobility,Dailly Living Skills 等 教材は身近な材料で出来る手づくりをすすめその作り方も伝える。これは視覚障害児以外の生徒にも使える教材もありメリットは大きい。
   生徒と教師両方への巡回指導も必要である。郡の教育事務所レベルにも視覚障害についての講習会や巡回指導の出来る人は居ない。これは人材が確保出来たらという条件付になる。この他視覚障害を持った現職教員に対し別コースでの講習が必要である。歩行訓練(これは本人も為に)、数学・英語の基礎力向上と共に点字記号や短縮形のマスター、点字の読み書き能力の向上、更にテイーチングの基礎(教室内での生徒の掌握の仕方等)もちろん大学レベルでの障害児教育教員コースの整備・レベルアップも必    4)SLC点字受験の制度確立:
   点字の読み書きの向上の為、不正防止のため、障害者の自立のため、障害者の社会参加と地位の向上・啓蒙のために必要である。試験問題の点訳や試験問題保管や輸送の問題等はあるが早く実現させてほしい。

 *SLCをパスしたらすべて教員になれる、何とか成るという幻想を持たず現実を生徒にも理解させる。地元で生活出来るようCBR等とも連携を取る。基本的に地元で暮す事が障害者理解や地域の開発につながる。障害者自身に何か出来るという自信と、親には自分の子どもであるという実感、障害者でも何か出来るという理解を持ってもらう。これが障害者社会参加を進める元になる。
 教育については障害者の社会参加を促すためにはどのような教育形態が望ましいかという観点からも考えてみる必要がある。特にネパールにはどのような形態が適するのかここでもう一度考える必要があるように思う。


 [付]ネパール障害者観 宗教観・人生観
    上を眺め下を見て安心する
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   どうせ出来ない・やっても出来ない
  (私はできる、私は前世の因縁はない)
           |       良い面:相互扶助の考え
    可哀想な人・哀れみ・さげすみ 反面:援助づけ・自立への意識が低い
  (施す事により救われる前世がよくなかった)
 障害者=家族も隠す特別な存在、因縁がある、一人前に扱われない
 弱者に施すことによって自分の魂がすくわれえる
 もらう方ももらうことによって相手の魂が救われると考えるので「もらってあげる」という感覚結果:もらえるものはもらって当然 もらってあげる。もらい続けることに疑問や事態を変えようとする気はない。障害者に限らずこの考え方は持っている