マレーシアの職業リハビリテーション
〜ジョブコーチによる就労支援制度導入への熱い期待〜

2006年6月
野中由彦
(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター 主任研究員)
前JICA短期専門家(マレーシア社会社会福祉局)

1.はじめに
 筆者は、「マレーシア国障害者福祉プログラム強化のための能力向上計画プロジェクト」(Capacity Building on Social Welfare for Persons with Disabilities:担当専門家は久野研二氏)をサポートする形で、2006年2月からほぼ1カ月間、マレーシアの社会福祉局(Department of Social Welfare)に勤務する機会を得た。ここでは、マレーシアの職リハの現状と将来展望を紹介する。

2.マレーシアの障害者リハビリテーションの現状
マレーシアには、障害者手帳制度がある。2003年12月時点で、視覚障害者14,153名、聴覚障害者22,749名、肢体不自由者45,140名、知的障害者49,336名、その他1,080名、合計132,458名と公表されている(社会福祉局による)。当然ながら、障害者手帳を有していない障害者は、これよりもはるかに多い。また、未だ精神障害者が障害者に含まれていない。(障害者基本法の制定が予定されていて、2006年3月時点で、国会で審議中である。この国会で、精神障害者が障害者に含まれるものと見込まれている。)
マレーシアでは、障害者雇用率制度があり、雇用率は1%と定められている。しかし、雇用納付金制度はしかれておらず、雇用率に満たない事業所に対するペナルティは特にない。事業主に対する障害者雇用に向けたインパクトとしては弱く、全体として、企業の障害者雇用意欲は乏しいために、事業主へのアプローチが非常に難しいと言われている。
マレーシアには、日本の公共職業安定所にあたる組織がない。当然ながら、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センターのような職業リハビリテーションの専門機関もない。したがって、働く意思のある障害者は、独力で、あるいは身近な人の助力を受けながら、求職活動をしている状況である。

3.バンギ・センター
バンギ身体障害者職業リハビリテーションセンター(Bangi Industrial Training and Rehabilitation Centre、以下「バンギ・センター」という)は、1995年に設置され、1999年から業務を開始した。首都クアラルンプールと、クアラルンプール国際空港の概ね中間に位置している。マレーシア唯一の国立の職業リハビリテーション機関で、理学療法、作業療法等のサービスも併せ持っている。約10.5ヘクタールの広さがあり、ゆったりとした雰囲気がある。

写真:バンギ・センター

バンギ・センターの大きな課題の一つに、職業訓練を受けた訓練生の就職の問題がある。就職率は、15〜20%と低く、その就職先も、訓練科目と関係のない業種が多い。すなわち、職業訓練と就職との結びつきが弱い。バンギ・センターを管轄する社会福祉局は、この深刻な問題の解決の手段として、ジョブコーチによる就労支援スキームの導入を考えている。

4.ジョブコーチによる就労支援の導入
 マレーシアの関係者がジョブコーチによる就労支援に注目する主な理由は、関係者の意思と了解とがあれば、すぐにでも、どこででもでき、しかも効果がある方法だという期待があるからである。
しかしながら、ジョブコーチによる就労支援は、誰でも、何の知識もなくやってよいとは、誰も考えてはいない。そこで、ジョブコーチによる就労支援の正しい考え方、方法、技術を多くの人に身につけてもらうためのシステム作りのニーズが急浮上している。
社会福祉局が抱いているプランは、バンギ・センターが、自ら訓練修了生に対してジョブコーチによる就労支援を展開しながら、ジョブコーチのスキルやノウハウを蓄積し、全国からジョブコーチスキームを習いたい人のための人材育成プログラムを持つようにする。これによって、ジョブコーチによる就労支援を全国に広め、障害者の雇用と職場定着につなげていく、というものである。

5.雇用促進のための施策
社会福祉局幹部に対して政策提言する機会をいただいた。マレーシアで、事業主が障害者の雇用をかえりみなかったり、関心がなかったりしている状況は、一つには、企業の関係者が障害のある人々と接触する経験が乏しいことが原因である。そこで、ともかく、障害のある人々が事業所で実際に働いてみる機会があれば、両者ともに益するであろうことは、容易に想像できる。そこで、日本の職リハ経験の総括として、ジョブコーチによる支援の他に、トライアル雇用と職場実習が有効であったことを強調した。その有効性は、比較的高い確率で雇用実績に結びついていることでも証明されている。マレーシアで、このような雇用促進施策をすぐに展開するのは難しいが、今後向かうべき方向としては正しいと確信したものである。

6.日本の支援への期待
 マレーシアの関係者は、ジョブコーチ制度の導入について、先行している日本からの積極的な支援を求めている。具体的には、マレーシア関係者に対する日本国内でのジョブコーチに関する研修・訓練と、日本の関係者がマレーシアに出向いてのジョブコーチにかかる人材育成に関する支援である。これは、JICAの支援スキームとしても的を射たものであると考えられる。これを機会に、マレーシアと日本の関係者同士の交流が深まることを熱望するものである

*この論文は、著者による176回アジア障害者問題研究会での発表を、その後あらためて論文形式にまとめたものである。