インドネシア・ソロの障害者サービスの現状

第171回アジア障害者問題研究会報告
2006年1月7日

中央大学西端ゼミ 障害と開発班
           後藤潤      
           佐藤恵
           平塚恵理子 
           山田亜由子

氈@研究目的とインドネシアでの調査概要

 インドネシアCBR開発訓練センター(CBR-DTC)のポリオによる障害をもつ職員であるママン氏(Mr. Sunarman Sukamto)は、「僕ら障害者だって将来の夢を抱くのに、なぜ、僕らにはそれを叶える方法もチャンスもないのだろう」と述べている。
 正義の二原理にのっとると、まことに道理があると思われる。二原則とは、
1:他者の自由を妨げない限りで各人は最大の自由を享受する等しい権利を持つ
2:社会的および経済的不平等は、すべての人にとってその不平等が利益を生むと期待できる限りにおいて、また豊かになる機会がすべての人に開かれている限りにおいて認められる。
 開発という枠組みへの障害問題のメインストリーミングを考察するにあたって、社会・文化・経済的側面からみた障害者の暮らしの現状と問題点を整理したいと、2005年8月インドネシア・ソロ市で以下のようなフィールド調査を行った。

−インドネシアでの調査概要−
08/04 国立障害者リハビリテーションセンター 施設見学、ヒアリング
08/08 社会省リハビリテーション局 資料収集
JICAジャカルタ ヒアリング
08/10 CBR開発訓練センター(CBR-DTC) 施設見学、ヒアリング
障害者NGO タレンタ(Talenta) 本部訪問、ヒアリング
障害者NGO イントラクシ(Interaksi) 本部訪問、ヒアリング
CBR-DTC所長 マラトモ氏 ヒアリング
08/11 SHG ブヨラリ地区(Buyorari) メンバー宅訪問、ヒアリング
08/12 IGプログラム タマングン郡タンバラ村(Temanggun,Tembarak) メンバー宅訪問、ヒアリング
08/13 IGプログラム タマングン郡メンゴロ村(Temanggun, Menggoro) メンバー宅訪問、ヒアリング
08/14 SHG ソロ (Solo) 市 メンバー宅訪問、ヒアリング
08/15 ソロリハビリテーションセンター 施設見学、ヒアリング
元CBR-DTC所長 ハンドヨ博士 ヒアリング
08/16 障害児支援NGO YPAC 施設見学、代表へヒアリング
社会省リハビリテーション局 レクチャー

 ソロの障害者サービス

1節 アクセスの現状

1. アクセスの現状
@医療・保健サービス
 次の機関でサービスが提供されている。

ポシャンドゥ プスケスマス 診療所/病院(含私立)
運営レベル RW・村 広域
対象 5歳以下の子ども すべて すべて
活動内容 予防接種、体重測定、成長促進、栄養補助など 診断、薬の支給、病人・妊婦の運搬などのサービス 的確な治療、手術等、質の高いサービス
活動レベル 基本・予防治療中心 中程度 高度
運営 村の婦人会 医師、保健士 医師、看護士、保健士
料金 無料orわずかなお金 一部有料 有料、非常に高い

 医療・保健機関へのアクセスは、環境によって大きな制約を受けている。例えば、バス、小型バス、ペチャなどの公共交通システムはバリアフリーではないし、経済的困窮もその原因である。障害者は「治療の意味がない」「支払い能力がない」という偏見も、障害者であることを理由に医療機関で門前払いをする理由になっている。障害者を親とする子供の場合でも、親に支払い能力がないと誤解され診療を拒否されたと聞いた。
A教育
 障害者の教育を阻むのは、「共に学ぶことにより障害が移る」という誤解、障害者のポテンシャルを低くとらえて「障害者には教育が無駄」という偏見、特殊学校は私立であるので経済的制約がある。
B社会参加
 前述したような交通インフラの欠如、意見発信やインターネットによる起業などの機会の喪失などを例とする情報インフラの欠如、障害者を排除するコミュニティの意識が、社会参加が進まない原因である。独立記念日に招待されたコミュニティでの集まりでは、職業を持ち自立している障害者は平等に参加していたが、知的障害をもつ男性からかわれたり笑われたりするなどして差別をうけているように感じた。

2. アクセシビリティの欠如要因
@交通・情報インフラの制限
 交通インフラが未整備であるので、障害者が自由に外出できるようなバリアフリーの環境が必要である。また障害者は情報弱者であるので、社会サービスへのアクセスが少なくなるし、変化・危機への対応に遅れがでる。
A資金の不足・・・経済的困窮
 雇用機会の不足により、障害者は相対的貧困状態にある。
B社会保障制度の欠如
 国家予算が限らるためサービスが制限されているので、障害者にとって保健・医療制度が十分に機能していない。社会保障制度へアクセスしようとしても賄賂を要求されるなど、政治腐敗も問題を難しくしている。
C障害者に対する偏見・差別
 地域における障害に対する誤解や障害者のポテンシャルを低く捉えがちであることあ、その背景にある。

3. アクセシビリティ改善への動き
 2002年のソロ市条例では、新設される全建築物の1階部分のバリアフリー化を定めている。その結果ソロ市最大の市場であるPasar Gateはアクセスを考慮して作られた。しかし、点字ブロックが十分に張り巡らされていない、設計時にはアクセシブルなデザインであったが出店者が増加したため車椅子の通行可能な広い道が狭まったり、点字ブロックの上にまで屋台が広がるなどの問題が観察された。

2節 リハビリテーションの現状

 リハビリテーションは社会省の管轄化にあるが、政権が変わると省の編成が変わり、その責任が不明瞭になることが多かった。

 インドネシアにおけるリハビリテーション・サービス・システムの組織図からわかるように、国立の3大リハビリテーション施設の一つがソロ障害者リハビリテーションセンターである。

 ソロ障害者リハビリテーションセンターはDr.スハルソによって1946年に設立された。17〜45歳の260〜200人が収容され、スタッフ240人が心理/社会、職業、医学的側面からのサポートを提供している。2004年にはアドボカシー部門が新設された。職業訓練としてはコンピューター、縫製、印刷、美容師など、訓練期間約6ヶ月間の17種類のトレーニングコースがある。

 卒業生の就職実績を見てみると、古い機種を使っているため市場のニーズに合わないコンピューター部門と縫製部門における就職率の乖離が目立つ。OJT(職場実習)が実施されたているので、約63%の実習先の工場が障害者を採用している。全体としては、非雇用労働者のウエイトが高い。

 ソロ市周辺の障害当事者にインタビューしたところ、次のような意見に集約される職業訓練への評価がなされた。
− 地域社会に差別や偏見があるので職リハの技能の有効活用が出来ない
− 職業技能の取得だけでは、根本的な生活改善につながらない。(地域社会との協力が必要)
− フォローアップの制度が確立していない
− 訓練内容と労働市場ニーズが一致していない

なお、専門的職業スキルに特化した訓練は、チビノン国立障害者職業リハビリテーションセンターで行われている。

 リハビリテーションにおける課題は、政府の障害者問題に対する視点を変えていくことである。一般雇用が障害者の自己実現という図式を検討し、社会に存在する障壁の認識することによって、障害の医学モデル的考えを脱却できる。障害者を受益者/クライアントからパートナーとし、例えばソロRCの障害当事者のケース会議への参加を認めることによって主体性の尊重も重視しなければならない。雇用割り当て制度も確立せねばならない。障害者雇用法定率制度は障害者の職場参入、一般雇用促進の土壌作りのために必要であり、政府は従業員100名につき障害者1%以上と定めている。しかしながらこの制度は、負担軽減策の未整備、従業員数100名以下の企業が圧倒的多数、具体的な罰則の欠如といる問題をかかえている。

3節 CBR-DTCによる活動

1.CBRの概念
 障害者は国や地域において職業、社会、医療、教育など様々なサービスを受けるころができる。しかし、施設でリハビリテーションを受けた障害者がコミュニティーに帰ってきたときにコミュニティーに障害者を受け入れる能力がなければ、いくら様々なリハビリを受けたとしても、それを発揮する場をもつことができない。コミュニティーが変化し、障害者を受け入れていく環境を作っていく必要がある。

2.ソロ市のCBRの現状
 CBR−DTCは雇用や医療、母子保健教育、統合教育などの活動を行ってきたが、現在では貧困に目を向けた所得創出プログラム(Income Generation Program)のみのモニタリングを行っている。様々な取り組みをするには、活動の経費やCBRワーカーを雇う費用や時間などがかかることもあり、現在ではCBRの活動は活発に行われていない。

 所得創出プログラム(IGプログラム)は障害者の所得向上を目的として、中部ジャワ州8郡23村で1994-96年に、さらに1998-00年お2回実施された。48グループの293人が参加し、内訳は障害者80%、家族10%、CBRワーカー5%、その他5%であった。
 その方法は、
− PRA(Participatory Rural Appraisal、主体的参加型農村調査法)による対象地域の調査
    開発プロジェクトの受益者であり主体でもある地域住民が主体となってプロジェクト
    を行うための調査を実施することにより、地域住民の参加意識と能力を高めること目
    指す手法を使用し障害者の特定・収入を得るための機会やニーズ、問題や潜在能力を
    分析
− ミーティング
    2回開催し、障害者とその家族、CBRワーカーが参加し、適切な小ビジネスの特定と
    組織化、ルール作りを行う。
− トレーニング
    簡単な経営や会計に関する知識やそれらに関する本などを、リーダーに与える。
− 活動開始
    活動を開始する際にCBR-DTCから運転資金が支給され、それがメンバーに配られ、
    メンバーはその運転資金を用いて、小ビジネスを行う。月に一度のミーティングを通
    して、各自の小ビジネスのモニタリングをグループで実施する。
− モニタリング
    2年間の活動が終わると実施されるモニタリングでは、のモニタリングと評価などが行われます。

3.タンバラ村・メンゴロ村の事例
 タンバラ村に8月12日、メンゴロ村には13日に訪問し、IGプログラムのグループにインタビューした。それぞれのグループのメンバーは障害者2名、その家族2名、その他村役場の公務員などが2名、計6人だった。障害者の家族は結成の際に参加していて亡くなった障害者に代わり参加していた。村役場の公務員がリーダーとなっていた。開始年次は両グループと1998年であった。
活動は大きく分けて3つになる。
− 小ビジネス。各人が同じビジネスをするのではなく、個人個人でビジネスをし、所得を増加させる。その際にはグループの資金を用い、増加すればまたグループに戻す。誰かが増加することができなくても、グループ内で補填しあい、グループ全体で資金を増やしていく。
− 小規模融資。メンバーが資金を出しあい、メンバー内でお金に困った人がいた場合に
その資金を無利子で貸し出す。メンバー以外の人で急にお金が必要となった人などに有利子で貸し出す。これはIGプログラムの活動というよりも、もとから地域であったグループ内において行われている相互扶助の意識によるお金の貸し借りである。
− ミーティング。月に一度行われ、各人のビジネスのモニタリングやアリサン(日本の頼母子講に似ていて、親睦を目的とする)、村や地域の問題について話し合う。
 その効果は3つある。
− 所得の増加。報告書によると、プログラム参加者の49%の人のビジネスが発展し、所得の増加とそれに伴う生活の質の向上を感じていた。
− 所得を得るための知識や情報の共有。ビジネスの成功により、経営や会計などに関する知識がより増え、グループ内で知識を共有している。また、市場に関する知識もミーティングを通して行われるため、市場のニーズに合った商品を作ることにもつながる。
− コミュニティーの変化。グループ内での関係の向上だけでなく、障害者と健常者の関係の向上が感じられた。報告書からも、インタビューからも、障害者の製品を買いにくる人が増えたことがわかる。
 問題点となるのは、まず、大幅な所得の向上が見込まれないことである。グループの61%の人々は所得の向上を感じられておらず、活動自体がなくなっているグループもあった。メンゴロ村ではあまり所得の向上は見られず、一部の人は全く所得が向上していないそうであった。2番目に、組織に持続性がない。タンバラ村でのインタビューで、隣のグループのリーダーが突然いなくなり、活動がなくなってしまったと聞いた。次なるリーダーを選出し、活動を維持させていくプロセスが組織の中になかったと考えられる。3つ目は他アクターとの協力関係である。IGプログラムはCBR-DTCによってしか活動が支援されておらず、現在では活動期間が終わっているために、追加の運転資金の援助や経営に関する講習などがない。また、村役場との協力関係も見られなかった。4つ目は相互扶助によるデメリットである。インドネシアの農村には相互扶助の精神が根付いているが、これが逆にグループ内の資金を大きく増やす事ができない原因となっている。メンバーでない人にお金を貸してもその資金が戻ってこないことがしばしばあるという。第5は、活動の広がりがないことである。IGプログラムの目的は所得の向上ゆえ、アドボカシー活動のような、自分たちの権利を外に向かって主張し、多くの人を巻き込んでいくような動きはない。
 CBR-DTCは現在、IGプログラムに関してはモニタリングのみ行っている。他に、NGOタレンタと一緒にアドボカシートレーニングの実施、地域の人も参加してのアリサン、結婚式や地域の催しに場所の貸し出しなど、地域の中で活動している様子も伺えた。

4節 当事者団体(Self-Help-Group:SHG)による活動

1.SHGの概念
BMF(びわこミレニアム・フレームワーク)によると、SHGは「障害を持つ人々を支援し、情報を伝え、その権利を擁護するのに最も適任なのは障害者自身であ り、また、その能力を備えているのも当事者たちである」ことを根拠とした、障害者当事者自身による自助活動である。アドボカシー活動によって、効果が外へと広がっている。加えて、障害者の生活を助けるための活動も手広く行っている。
2.SHGの現状
 ソロ市内では活動は盛んであるが、他の地域では活動を見かけられない。
CBR-DTCのママン氏が関係しているのはソロ近辺のブヨラリ、ソロ、スコハルジョの3グループである。ブヨラリ地区SHGの構成メンバーは15名であり、肢体不自由、聴覚障害、知的障害などのうち5名を訪問した。2000年から活動しているソロ市SHGは15名から成り、うち肢体不自由の5名訪問した。
 これらのグループの活動は
− CBR−DTCから資金提供を受けたIGプログラム
− Social Fund、社会問題、寄付された車椅子などさまざまトピックでのミーティング
− ソロ市のバリアフリー条例を制定させたり、障害者NGO「インテレクシーのアドボカシートレーニングに参加などによるアドボカシー活動
がある。
 成果として挙げられるのは、
− 組織化によって個人個人では得ることが難しい情報、ヒューマンリソース、資金などを得られるようになること
− 職業リハビリテーションを受けても就職先がなかったり、縫製をしたいがミシンの資金がなく仕事ができないなどの例があったが、IGプログラムで資金を得て、新たに職を得る、あるいは機材を購入し仕事ができるようになったという経済的効果
− ソロ市バリアフリー条例、国際障害者の日に向けたキャンペーンの準備、障害者団体のほか、女性団体、宗教団体が参加しているイベントへ参加に見られる、人権主張
− 仲間との交流による意欲の芽生え、自分でできることは自分でする自主性、グループ内で責任のある役を務めることによるチャレンジ精神の誕生にみられる、自立の促進
 問題点としては、
− リーダー育成、資金調達、ルールに沿った運営における、組織の持続性、安定性、
− ソロリハビリテーションセンターには意見を言っても取り上げてもらえていないなど政府機関に不満は持っているが、協力して発言するまでには至らない、組織間の協力関係の欠如、が指摘できる。3つのSHGをあわせたミーティングをやる予定であるという情報は、一歩前進といえよう。

。 持続的生計アプローチによる分析

1.持続的生計アプローチとは

 持続的生計アプローチとは、人々が「持続的な生計 」を営むための包括的な貧困対策の構築を目指すアプローチである。
持続的生計アプローチのポイントは人々の「生計」に注目するため、生活全体に着目することである。つまり、障害者問題においては、人々の「障害」だけに注目するのではなく、彼らの生活全体、例えば、貧困、内戦、病気、差別などを捉えることができる。これは包括的に人々の暮らし全体を理解することにつながる。また、持続的生計アプローチの重要な概念として「持続性」がある。これは、「今」現在の生活だけでなく、過去から現在、未来と時間軸を通して、人々の生活の変化をとらえる。今現在の施策ではなく、「5、10年後の未来がどうであるか」という視点を持って問題解決をしていくことで、より適切な方法を見つけていくことができる。

2.利点、留意点
 持続的生計アプローチを障害者問題にもたらす利点の一つ目に「多面的に障害者の生活全般を捉えること」がある。「障害」だけでなく、障害者を取り巻く生活の状況をみることができる。2つ目の「アクセシビリティーの重要性」では、例え、病院があっても、それにアクセスすることができなければ、障害者にとってはその病院は資産とならないので、アクセスが重視されなければいけないことが分かる。また、5つの資産に目を向けることができるので、ある問題をあらゆる資産からアプローチして解決していく多様な介入も利点である。一つの資産からのアプローチが困難であれば、他の資産から問題解決をはかることも可能である。第4は、障害分野を開発にメインストリーミングすることが可能となることである。人々の生計と貧困が密接に関わっており、その生計を捉える際に障害は欠かせない要素となる。よって、貧困問題を解決する際に障害について考えることになり、開発へのメインストリーミングとなる。
 留意すべきは、障害者の主体性、数値化が難しい資本、持続的生計アプローチの実現性である。

3.分析結果
 実際に持続的生計アプローチを用いてIGプログラムを分析してみる。
まず、それぞれの要素に当てはまるものを考えると、CBRのIGプログラムの事例では以下のようになる。
<構造とプロセス> 組織:CBR-DTC
          機能:IGプログラム
<生計戦略> 各人のビジネス(IGプログラム)
       村役場の公務
<生計結果> 所得の向上

 問題点として先ずでてきるのは、持続性である。これはビジネスがあまりうまくいかないために、生計の結果として所得の向上を達成することができず、生計資産の金融資本に還元することができない、つまり、金融資本の面からみると、所得が増加しないために、プログラムに持続性が生まれないということである。また、IGプログラムの目的は所得を向上することなので、生計資産に影響を与える脆弱性も問題点であるが、その要因を是正する取り組みは行われていない。例えば、脆弱性要因である差別意識などを取り除こうとするアドボカシー活動は行われていない。3つめに資本の補完性が挙げられる。相互扶助によってグループ内の資金が増加しないことがあると前述したように、これを持続的生計アプローチでみると、本来は補完しあうはずの生計資産の補完性がないといえる。5つの生計資産の社会関係資本と金融資本は補完しあっていない。