パキスタン・イスラマバードのCBR2ケース

第121回アジア障害者問題研究会報告
2001年9月6日
札幌医科大学・吉田美穂


*パキスタンは、1億2000万人(1994年)の人口を抱え、乳幼児死亡率はネパールを上回り、南アジアではアフガニスタンの次ぎくらいの高さである。イスラム教徒が人口の9割以上を占め、サウジアラビアの影響が強い。イスラマバードは1958年にカラチから首都が移り、人口は40万人ほどといわれている。2001年2月6日から4月4日までイスラマバードに滞在し修士論文作成のための調査をおこなったCBRの状況を報告する。
*聖トーマス保健ネットワークは、英国教会の聖トーマス教会を活動拠点とするNGO である。1982年にイギリス人の医師によって地域保健プロジェクトが開始され、無料の診療所をクリスチャン・コロニーで開設している。 イスラマバードには8ヶ所のクリスチャン・コロニーがあり、それらはスイーパーズ・コロニーと呼ばれている。床を掃く人を意味するスイーパーのような仕事はクリスチャンがするという社会システムが作られている。彼らは、首都イスラマバードの政府関係のビルや道路の掃除、ゴミの回収、または個人宅の床やトイレの掃除をなりわいとしている。彼らの集落は非常に人口密度が高く、十分な上下水道や電気の供給がおこなわれていない。1ヵ所のコロニーに1700人から3万人ぐらいの人たちが住み、全体で16万から20万人の人たちが住んでいる。コロニーの中の家は煉瓦造りであり、台所,居間がついて、2階建てが多い。コロニー内にも格差が存在する。男女が働くので、収入はある。公務員、教員や、出稼ぎの人もいる。政府は人口密集のコロニーから人々の移住を勧めているが、代替地は遠く通勤に不便であるのでので、うまくいっていない。住民の多くはカトリックで、イギリス大使館が支援している。
*各クリスチャン・コロニーに診療所が一ケ所あり、シニア・ヘルス・ワーカー1人とヘルス・ワーカー数人が働く。戸別訪問を行い、妊産婦や新生児ケア、乳幼児への予防注射、離乳食の作り方や栄養相談、ファミリー・プランニングなどの母子保健活動を実施している。そのためコロニーの地域ではポリオの発生がない。ヘルス・ワーカーは月2000〜3000ルピー(約7500円)の収入を得、月〜金の毎日2時まで働く。主に女性で、男性のヘルス・ワーカーは主として運転業務を行っている。資格と経験を持った看護婦がいくつかのヘルス・クリニックかけもちのスーパーバイザーとして簡単な医療行為、お産の介助をおこなっている。いくつかの診療所では洋裁などの女性のための職業訓練が定期的に開催され、聴覚障害の女性12人は、伝統的刺繍の訓練に参加していた。
*障害児を対象とする地域ケア・プロジェクトは1989年に始まった。各コロニーの診療所で週に3日、午前、ポリオ後遺症や脳性まひ、リウマチ、知的発達障害、聴覚障害、視覚障害を持つこどもへ障害児担当のケア・ワーカーが個別のアプローチをおこなっている。セント・トーマス教会に月に2回、シニア・ヘルス・ワーカーとスーパーバイザー、時には障害者担当のケア・ワーカーが集まって、ミーティングや活動の記録をおこなっている。年に一回、ヘルス・ワーカー対象にファミリー・プランニングや脳性まひ児へのリハビリテーションの方法などの技術講習会が開かれている。年に何回か、聖トーマス教会のホールで障害児の運動会や学芸会、クリスマス会が障害のない子どもも参加して開かれる。市内に各障害を対象とする特殊学校があるが、入学できない子供たちがたくさんいる。コロニーでも障害児を迎えのバスが来る地点にまでどう連れて行くかが問題である。定刻にバスが来ないので、親は仕事に行けなくなるからである。5年生まで教育は無料であるが、制服や文房具、教科書代が高い。障害が重度な場合には国のクリニックに連れて行く。聖ヨセフ・ホスピス にも障害児ケアチームが子どもを連れて来ていた。
*ネットワークでは昔はユニセフがウルドゥ語にWHOのマニュアルを大量に配布していたが、現在は使っていない。活動している人たちはCBRを実施していると思っている。94からネットワークの運営にかなり深く係わっていたイギリス人の牧師夫妻が2000年初めに帰国しその運営は現地スタッフに任された。財政的に厳しくなり、99年以降障害に関する講習会は行われていないなどの活動の低下が見られるが、母子保健はうまくいっている。
*ILO/UNDPの援助による政府CBRプロジェクト「地域参加をすすめる障害者の職業リハビリテーション・雇用(VREDP)」は、88年よりカラチとイスラマバードで開始された。95年からパンジャブ州グジュラートでも実施されていると言う。
*ダルガとよばれるイスラム教聖人の廟に集まる参拝者で有名な、イスラマバードの古くからの村ヌルプール・シャハーンのCBRは、VREDPにより88年からモスレム・コロニーと呼ばれるスラムで開始された。住民はカシミールの紛争で避難してきたり、職を求めてイスラマバードに集まってきた人たちであり、地元の人たちではない。彼らの多くは政府関係の事務所の簡単なオフィース・ワークや運転手などで生計を立てている人たちである。VREDPのCBRは障害を持つ人の職業訓練をおこなうことを目的としていた。ただし、仕事に就けていない人を障害者の範疇に入れている。
*フィールド・ワーカーにボランティアとして任命されたコミュニティー・リハビリテーション・ワーカーは、3日ほどの講習を受け月に400ルピー(1000円ぐらい)の活動費が支給され、自分の時間があいている時に活動する。仕事は、見つけた障害者のVREDPのフィールド・ワーカーへの報告、フィールド・ワーカーや地域の人たちと相談し障害者に必要な援助の提供、障害者の雇用の拡大である。ポリオ後遺症、労災や交通事故による切断、筋ジストロフィー、夫を亡くした女性、父親のいない家庭の子どもが対象である。障害者はVREDPから5000ルピー(1万2000円ぐらい)が貸付されて、小規模事業を始めることができる。男女の統合教育(Co-education System)学校に障害児も参加できる。
*失業者が多いので、障害を持たない人の雇用の確保もCBRの課題のひとつと考えられている。上記資金の貸付も、障害者に限定せず一般の人たちにも広く貸し付けるべきという意見が多い。コミュニティー・リハビリテーション・ワーカーでもある学校の校長は障害を持つ人も持たない人も共に働いて収入を得られる、家具工場をこの村に誘致したいとしていた。また、このCBRプロジェクトは局長のムナワル・ファティマの個人的努力に負っていた面が多く、彼女が4月に定年退職してその後の継続がどのようにおこなわれていくか、見守っていく必要がある。
*他にもまだたくさんのCBRがある。CBRを目的にNGOを立ちあげると、資金が得やすいからである。その際職のない若者、未亡人も対象に含んでいる。



添付資料 ー レジメ

アジア障害者問題研究会 2001年9月8日

パキスタンのCBR −イスラマバードを中心に


はじめに
2001年2月6日から4月4日までパキスタンの首都イスラマバードに滞在し、修士論文作成のための調査をおこないました。そのときに調査をさせてもらった地域のCBR(Community Based Rehabilitation)の状況を見ることができたのでそれをお話します。

パキスタン
    
  1994 New Internationalist


o
o 国名 :パキスタン・イスラム共和国
o 首都 :イスラマバード
o 人口 :122、802、000
o 平均寿命 (男/女、歳) :60,60/62.60
o 乳幼児死亡率 :95人/1000出生数
o 識字率 :35%
o 公用語 :ウルドー語, 英語
o 宗教 :イスラム教徒 (96%) キリスト教徒 , ヒンドー教徒など
o 国民一人当たりのGNP :420US$

氈@セント・トーマス・コミュニティー・ネルス・ネットワーク
セント・トーマス・チャーチ(イギリス国教会)を活動拠点とするNGO
1982年、イギリス人の医師によってコミュニティー・ヘルス・プロジェクトが開始された
1989年から障害を持つ人たちへのコミュニティー・ケア・プロジェクトが始まった。

背景
イスラマバードには8ヶ所のクリスチャン・コロニーがあり、それらはスイーパーズ・コロニーと呼ばれている。スイーパーとは床を掃く人の意味でそのような仕事はクリスチャンがするという社会システムが作られている。それらクリスチャンは、首都イスラマバードの政府関係のビルの掃除や、道路の掃除、ゴミの回収、または個人宅の床やトイレの掃除をなりわいとする人たちである。彼らは一定地域に集落を作って住んでいる。そこは非常に人口密度が高く、十分な上下水道や電気の供給がおこなわれていない。1ヵ所のクリスチャン・コロニーには1700人から3万人ぐらいの人たちが住み16万から20万人の人たちが住んでいる。

活動の内容
コミュニティー・ヘルス・ケア
各、クリスチャン・コロニーに一つのクリニックがあり、そこに一人のシニア・ヘルス・ワーカーと数人のヘルス・ワーカーがいる。戸別訪問などの母子保健活動をおこなっている(妊産婦や新生児ケア、乳幼児への予防注射、離乳食の作り方や栄養相談、ファミリー・プランニング)。 資格と経験を持った看護婦がいくつかのヘルス・クリニックかけもちのスーパーバイザーとして簡単な医療行為、お産の介助をおこなっている。
コミュニティー・ケア・プロジェクト(障害を持つ子どもたちが対象)
各コロニーのヘルス・クリニックで週に3日、午前、障害を持つこどもへ障害児担当のケア・ワーカーが個別のアプローチをおこなっている。
障害の種類 : ポリオ後遺症、脳性まひ、リウマチ、知的発達障害、聴覚障害、視覚障害
年に何回か、セント・トーマス・チャーチのホールで障害を持つ子どもたちの運動会や学芸会、クリスマス会が開かれている。
女性のための職業訓練
いくつかのクリニックでは女性のための職業訓練として、服の仕立て、伝統刺繍などの講習会を定期的におこなっていて、聴覚障害の少女などが参加している。

セント・トーマス・チャーチでは月に2回、シニア・ヘルス・ワーカーとスーパーバイザー、時には障害者担当のケア・ワーカーが集まって、ミーティングや活動の記録をおこなっている。年に一回、ヘルス・ワーカーへファミリー・プランニングや脳性まひ児へのリハビリテーションの方法などの技術講習会が開かれている。

1994年から1999年まではイギリス人の牧師夫妻がセント・トーマス・コミュニティー・ネットワークの運営にかなり深くかかわっていたが、2000年はじめに夫妻が帰国後、ネットワークの運営は現地スタッフに任されるようになった。

Vocational Rehabilitation and Employment of Disabled Persons with Community Participation VREDP) 
ILO/UNDPの援助による政府のCBRプロジェクト
1988年より南のインド洋に面した商業都市カラチと首都イスラマバードで開始された。また、1995年からパンジャブ州グジュラート(イスラマバードとラホールの中間)でおこなわれている?

ヌルプール・シャハーンの例
ヌルプール・シャハーンはダルガとよばれるイスラム教の聖人の廟があり、そこにご利益を求めてお参りをする人々があつまる古くからの村である。そこに、モスレム・コロニーと呼ばれるスラムがあり、VREDPによる1988年からCBRのプロジェクトが開始された。モスレム・コロニーに住む人たちはカシミールの紛争で避難してきたり、職を求めてイスラマバードに集まってきた人たちであり、地元の人たちではない。彼らの多くは政府関係の事務所の簡単なオフィース・ワークや運転手などで生計を立てている人たちである。VREDPのCBRは障害を持つ人の職業訓練をおこなうことを目的としていた。

VREDPの活動
VREDPのフィールド・ワーカーがコミュニティー・リハビリテーション・ワーカーをボランティアとして任命し、コミュニティー・リハビリテーション・ワーカーは3日ほどの講習を受け月に400ルピー(1000円ぐらい)の活動費が支給され、自分の時間があいている時に活動する。

コミュニティー・リハビリテーション・ワーカーの仕事
・ 障害を持っている人を見つけて、VREDPのフィールド・ワーカーに報告する
・ 障害を持っている人にどのような援助ができるかフィールド・ワーカー、地域の人たちと相談し、必要な援助をおこなう。
・ 障害者の雇用を拡大する

障害の種類 : ポリオ後遺症、労災や交通事故による切断、筋ジストロフィー、夫を亡くした女性、父親のいない家庭の子ども

障害を持つ人はVREDPから5000ルピー(1万2000円ぐらい)が貸付されて、小さな事業を始めることができる。
男女の統合教育(Co-education System)学校に障害を持つ子どもも参加できる 

失業者が多いこの地域で、障害を持たない人の雇用の確保もCBRの課題のひとつと考えられている。たとえば、5000ルピーの資金の貸付も、障害者だけではなく一般の人たちにも広く貸し付けるべきという意見が多く出ている。学校の校長先生であり、コミュニティー・リハビリテーション・ワーカーでもあるA氏は障害を持つ人も持たない人も共に働いて収入を得られる、家具工場をこの村に誘致したいとはなしていた。また、このCBRプロジェクトは局長のムナワル・ファティマの個人的努力に負っていた面が多く、彼女が4月に定年退職してその後の継続がどのようにおこなわれていくか、見守っていく必要がある。