アジアでの障害者の雇用問題

1 アジア諸国における障害者雇用の取り組みと課題
     
第10回アジア障害者問題研究会報告
     2000年6月3日
     障害者職業総合センター・指田忠司

2 アジアの障害者ー雇用
     
アジア・ディスアビリティ・インスティテート(ADI)
     中西由起子


1 アジア諸国における障害者雇用の取り組みと課題

第10回アジア障害者問題研究会報告
2000年6月3日
障害者職業総合センター・指田忠司


         
*障害者雇用を進める方策として、一定規模の事業所に一定数の障害者の雇用義務を課す割当雇用制度と、障害を理由とする差別を禁止する法律の制定を通じて雇用差別を禁止していくアプローチの二つがある。
*日本では1960年から割当雇用制度が定められ、現在、民間企業については1.8%の雇用義務が課され、未達成の場合には納付金の支払いや採用計画の提出が科されている。ドイツ、フランス、オーストリアなどにも割当雇用制度があり、ドイツの場合、労働能力喪失の程度が50%を越える重度障害者を6%雇用する義務が民間企業に課されている。義務未達成の場合に一定の金銭を支払う点は日本と同じだが、企業が障害者の作業所の製品を買い上げた場合、納付金額が減額される点は日本と異なる。
*差別禁止によるアプローチは、米国、英国、オーストラリアなどにみられる。米国では1973年のリハビリテーション法で、連邦政府と一定額以上の契約関係にある民間事業所での差別が禁止されたが、1990年のADAで、その対象が従業員15人以上の企業にまで拡大された。また英国では、1995年のDDA(障害者差別禁止法)の制定によって、1944年以来続いた3%の割当雇用制度が廃止され、差別禁止アプローチへと大きく転換した。
*アジアでの障害者雇用政策は、過去の支配国や経済的結びつきの強い国の影響を受けている。韓国の障害者雇用促進法は日本に似た法律である。雇用促進公団が納付金をプールしているが、経済状況が悪いのに加えて、カウンセリングや訓練にあたる専門家の養成が進んでいないこともあって、制度が十分機能していない。台湾でも日本の雇用促進法に類似した法律を制定する動きがある。
*タイでは、1993年の障害者リハビリテーション法によって、従業員200人以上を雇用する企業に0.5%の雇用義務が課せられ、未達成の場合に支払われた納付金はリハビリテーション基金として運用されている。マレーシアでは1990年代初頭、マハティール首相夫人を中心に、1%を努力目標とする障害者雇用キャンペーンが行われた。しかしその後の動きをみるかぎり、これを裏付けていくための法的整備は進んでいない。
*差別禁止アプローチを採用したところとして、フィリピンと香港が挙げられる。フィリピンでは、障害者のマグナ・カルタ(大憲章)が制定されたが、なかなか実効性が上がっていないという。香港では、1996年にDDO(障害者差別禁止条例)が制定され、雇用、教育、交通アクセスなどの面での改革が行われている。
*スリランカでは、一般雇用、自営業、保護雇用に障害者の職業訓練が分けられる。日本のような一般雇用の市場が大きい国と異なり、農業国では自営業、保護雇用が主となる。そのため障害者の職業的自立を図る上で、CBRは重要な役割を果たす。
*視覚障害者の就業についてみると、韓国、台湾、中国、マレーシア、タイなどでは、あん摩マッサージに従事する視覚障害者が多数いる。韓国では日本の統治下で認められた日本の免許がその後全面禁止となり、70年代に再認可されたが、はり、きゅうなどの漢方を除き、あん摩のみが視覚障害者の専業とされている。台湾では専業とはなっておらず、マレーシアやタイでは、一定期間の訓練を受けて仕事をしているが、これは公認の資格ではない。
 アジア各国に共通する最大の課題は、障害者の実態を把握するための統計の整備である。これなくしては有効な対策の立案もプログラムの評価も不可能だからである。


2 アジアの障害者 雇用

アジア・ディスアビリティ・インスティテート(ADI)
中西由起子

(本稿は、福祉労働(「連載 アジアの障害者5−雇用」、91号、2001年6月、157-162頁、現代書館)に掲載された。)

はじめに
 子供の学校、大人にとっての職場は重要な社会参加の場として考えられている。しかし、「先進国、途上国を問わずいまだ効果的な障害者の雇用政策はみあたらない」と、国連障害者の機会均等化のための基準規則の各国での実施状況を調査していた元スウェーデン社会大臣ベンクトリンドクビストは述べた。障害者の雇用がうまく行かないのは、その前提としている均等な機会が障害者には子供の時から保障されていないからである。
雇用での問題点
 途上国の場合を例に取ると以下のような原因が考えられる。
(1)国の統計が整備されていず、障害者人口に関しても正確な把握ができている国は少ない。[1] そのため効果的な雇用政策が策定できない。
(2)障害者の教育が不十分であるので、職業訓練で基礎教育までカバーしなければならず、技能を取得させるのに充分な時間がとれない。雇用されるだけの技術を持ち合わせず、自営を始めようとしても経営に必要なノウハウは不十分である。 [2]
(3)途上国は農村人口が70-80%を占め農業国であるため、一般雇用での市場は狭く、障害者の雇用は制限されてくる。それに加えて、国の失業率が高くなっている状況では、雇用される障害者の数はさらに減る。政府は障害者のための福祉工場や作業所を奨励することで、雇用問題を解決しようとしている。[3] 地域社会の統合とい観点に逆光する政策であり、むしろCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)に基づくアプローチが有効とされている。
(4)せっかく雇用されても職場までのアクセス、職場内のアクセス、雇用主や同僚の理解が十分でないため、結局無理が続かず止めざるを得なくなる。
(5)多くの施設で、養鶏、養牛、織物を初めとして、身体障害者には編み物、洋裁、刺繍、カ−ペット作り、タイプ、理容、視覚障害にはチョーク製造、織物、籐でのいすづくり、ろうそく作り、聴覚障害には木工細工、織物といった伝統的な職業のみが教えられていることである。タイでは職業訓練で得た技術では生活できないので、手っ取り早く収入が得られる宝くじ売りなどに転職する例が多い。最近では、将来有望な職域として障害者のコンピューター教育[5]や視覚障害者のマッサージ[6]などの訓練がNGOを中心に始まっている。
(6)生活できるだけの収入を確保する職に就くことは困難であるので、技術ではなく人々の哀れみに訴える仕事を選択する。物乞いが仕事となっているかのように毎日町の定位置に出勤してくる場合があるが、盲人バンドをの演奏 にはこの傾向がみられる。前述の宝くじ売りも、障害者を可哀想と見る人たちがいるがために売り上げが確保できている側面もある。
雇用奨励策
(1)雇用割当制
 表にあるように、障害者の雇用割当制を取る国が増えている。韓国やタイを初めとして雇用未達成の企業が払う罰金制度まで設けている場合は、そのモデルとされているのは日本の制度である。[7]しかし特に途上国では企業が支払いを強要されることは、雇用主に敵意と抵抗を生むといわれている。[8]
 
  表 アジア諸国における障害者雇用割り当て制度の概要[9]
インド 第3(C)と4(D)のカテゴリ−の職種で5% 第1と2のカテゴリ−では割り当ての規定がない
実施していない多くの州がある
インドネシア 1% 違反した際の罰則があっても、調査・ 指導機関がないために現状ではかけ声 にとどまっている
韓国 2.0 % 障碍人の雇用の促進に関する方に基づき雇用率未達成の事業手は不足1人につき、1月13万ウォンの負担金を納付
スリランカ 公共部門の空席の3% 資格ある障害者に割り当てると決定されているが、事務職、速記、及びこれに類似の職種に限られている
タイ 200 人以上の常用労働者につき1人(以降、100 人につき1人) 未達成企業はは、リハビリテ−ション基金に納付する義務がある
障害者雇用企業や建物などを改善した企業には税の優遇処置がある
台湾 50人以上が働く政府機関、公立学校及び公営企業は50人につき1人、私立学校や民間企業の場合は従業員100人につき1人 政府の雇用率は民間より高く規定されている。
雇用率を達成していない企業は、毎月1人につき基本最低賃金と同額を差額補助金として納める。
中国 1.5 %から2.0 %
*各省、市による
各地方政府が雇用率を制定。
福祉企業など特定の事業所に雇用させる集中雇用を進めてきた。しかし飽和状態にあり、一般の組織や企業に就職させる分散雇用を促進させ、雇用率を達成させようとしている。
雇用率より多く障害者を雇用し、困難な状況にある企業に対する支援政策を実施している。これらの企業が生産拡大をはがるために、実施可能な事業計画を持っている場合には、雇用基金から低利の融資あるいは資金援助を行って、障害者の雇用機会の創出を助ける。
パキスタン 1.0 % 不足分については、1月あたり1000ルピ−を全国障害者リハビリテ−ション協議会に納付する。
バングラデシュ 政府の採用の10% 実際にはこの政策はほとんど実行さ
れていない
フィリピン 雇用率制度はなし 障害者を雇用する企業は障害をもつ従業員に支払った賃金の25%の減税措置を受けられる。
ベトナム すべての企業に対し、その業種毎に障害者を雇用すべき割合を定めている。電気エネルギー、冶金、化学、地質、地図調査、石油、鉱山、鉱物探査、建設、輸送は2%、その他は3%となっている。
マレ−シア 雇用率制度はなし
公的機関は1.0 %
障害者を雇用する事業主には減税措置がある。
モンゴル 従業員50人以上の企業に対して
障害者の3%

 表からも分かるように、雇用率は低く定められている。実際は、達成している国は少数である。雇用を促進する手段としては当面評価するものの、障害者の多くが高等教育に進んでいる先進国に近付こうとしている国では、(2)のアプローチが最適である。
(2)職業推進のための法的整備
 障害者の雇用を行わないこと自体を差別として取り組んでいる国もある。途上国にとってこれはすぐには効果があがらない方法ではあるが、当然必要な法律と言える。
 フィリピンで1992年に制定された障害者のマグナ・カルタ(大憲章)では、障害者の同等な条件での雇用を認ている。1996年から施行されている香港の障害者差別禁止条例でも、雇用での差別を禁止している。
(3)融資制度による自営業の奨励
 自営業を始める人にはロ−ンの貸し出しなどいろいろな策が考えられている。所得創出プロジェクトとして各国で実施され、雇用政策の中ではinformal sector(一般の雇用市場でない場所)での雇用と呼ばれている。NGOが小規模事業を始めるための資金を貸与、または供与するケースが多い。自営業を始める障害者は必要ならそのNGOから経営技術などのノウハウを得られることも多い。
 職業訓練を終了した人たちの多くが自営業となる現状[10]では、政府も自営業を重視せざるをえなくなっている。フィリピンでは労働雇用省のTulay 2000と名付けたプロジェクト、タイでは自営業を始めたり事業拡張をする障害者に貸し付けられる障害者リハビリテ−ション基金や訓練校を修了し自営する障害者へ資金を貸し出すクナコン基金、マレーシアのテレビ・ラジオ修理、裁縫、小規模店、食べ物スタンドなどの事業を始める際に資金を援助する制度開始援助など、政府も自営業奨励プログラムを準備している。
(4)雇用推進のために啓発活動
 雇用が進まない原因は障害者の労働能力を社会が理解していないからだと、政府が先頭になって啓発活動を実施している。
 インドでは、毎年国際障害者の日に、最優秀雇用主、最優秀雇用者、最優秀個人、最優秀施設、最優秀職業斡旋官、最優秀技術に対して大統領が賞をわたしている。スリランカでは政府が12月3日の国際障害者の日に毎年テーマをつけて、啓発活動を行っている。1998年には「我々にも雇用を」と題してキャンペーンが繰り広げられた。
終わりに
 障害者の雇用は教育での統合、環境面でのアクセスの改善、権利の擁護なくしては進まない。障害者雇用に関係しているNGOのうち、上記の運動に従事しているところは少ない。その原因はインドの全国障害者雇用促進センターが訴えるように、政府の労働関係省庁はもちろんのことそれらの団体の中での障害者の職員の雇用が増えることがその第一歩であるはずである。


[1[ 拙稿「アジア障害者3 ー 障害者人口」、季刊福祉労働、89号、2000年12月、156-162頁
[2] 盲学校やろう学校では職業教育に力が入れられ、その結果学科を教える時間が減るという現象を引き起こしている。
[3] 代表的な例としては、中国とベトナムがあげられる。中国では35%が障害者であると福祉企業として認められ法人税が控除され、50%以上ならすべての税が全額免除されている。ベトナムでも、10人以上の従業員からなる公共機関、組合、経済組織、戦傷者が設立し工場で、傷病軍人を含む障害者の割合を51%であれば政府の認可を受け援助を受けられる。
[4] タイ・パタヤのレデンプトール会障害者職業訓練学校は、身体障害当事者が運営、指導するコンピューターと電気機器修理のコースがあり、100%の就職率を誇っている。その成功したコンピューター教育のノウハウは、近々ラオスで開所予定の国内初の国立障害者職業訓練校で活かされることになっている。またアメリカのオーバーブルック盲学校と日本財団が共同で視覚障害者のためにONNETのプロジェクトを立ち上げ、タイ、フィリピン、カンボジア等で活動を始めた。
[5] アジアでは日本、韓国、台湾、中国では視覚障害者のマッサージ師がいるが、最近では青年海外協力隊の指導を受けたインドネシア、ブリッジ・エーシア・ジャパンが桜雲会と一緒に指導を始めたベトナムの例がある。
[6] バンコクやマニラの繁華街やショッピングセンターで彼らを見ることができる。小銭を入れてもらう箱を置いて演奏している。タイの盲人技能開発センターでは慈善行為に通じるからとして、音楽の訓練コースを閉鎖した。
[7] 韓国の障害者雇用促進法は日本に似た法律である。雇用促進公団が納付金をプールしているが、経済状況が悪いのに加えて、カウンセリングや訓練にあたる専門家の養成が進んでいないこともあって、制度が十分機能していない。(指田忠司、第107回アジア障害者問題研究会報告回アジア障害者問題研究会報告「アジア諸国における障害者雇用の取り組みと課題」、2000年6月3日)
[8] Lee, Dal-yob. (1999) "Economic Crises and the Quota System, Asia & Pacific Journal on Disability, Vol.2, No.1, May 1999, p.30
[9] 以下を参考に作成した。朝日雅也(1997)、「途上国における障害者雇用と職業リハビリテ−ション」、アジ研ワ−ルド・トレンド、24、アジア経済研究所、12頁
[10] インドの障害者の職業斡旋を行った119団体の調査では、就職させたという障害者の51.85%が自営業を始めた人たちであった。(Role of NGOS vis-a-vis the Employment Scenario in India with Reference to People with Disabilities, Centre for Promotion of Employment for Disabled People, 1998)